現役看護師が見た『アンナチュラル』の面白さ 法医学へのドラマ的アプローチを考察
日本に新設された「不自然死救命研究所」で展開するヒューマンミステリードラマ『アンナチュラル』(TBS)。平均視聴率は2桁をキープと好調で、法医学を扱ったドラマの注目の高さが伺える。
これまで法医学を題材とし好評を博した作品には1998年『きらきらひかる』(フジテレビ)、2009年『ヴォイス〜命なき者の声〜』(フジテレビ)、2011年『ブルドクター』(日本テレビ)などが挙げられ、監察医、法医学指導教員、医学生など法医解剖に携わる人々が遺体からその人の生の痕跡を追求するという展開だった。一方、『アンナチュラル』は、従来の法医学ミステリーのストーリーの王道を追従する面もありながら、「不自然死究明研究所」、すなわち「UDI(Unnatural Death Investigation)ラボ」というスタッフわずか5名の架空民間組織を舞台に据えることで、法医解剖医、記録員、臨床検査技師など、法医解剖の実際がより現実味を帯びて描写されているのも見どころのひとつである。
そもそも法医学とは、1982年日本法医学会教育委員会報告によると、「医学的解明助言を必要とする法律上の案件、事項について、科学的で公正な医学的判断を下すことによって、個人の基本的人権の擁護、社会の安全、福祉の維持に寄与することを目的とする医学」と定義されている。また、東京大学法医学・医事法学教授の岩瀬博太郎氏は、「法医学は臨床医学に対し、社会医学に属するといい、法医学が司法との連携や再発予防によって、社会全体の健康と安全の増進に役立つための学問」と述べている。
実際、法医学医になるには、通常、大学の医学部を卒業後に医師免許を取得したのち、大学院に進み、法医学教室で修行を積むのが一般的とされる。その後、死体解剖資格、機関長の推薦、法医学教室での200例以上の法医解剖経験、5回以上の学会報告などが必要で、日本法医学会の認定制度の審査を受けて、認定を受ける必要がある。
法医学医が活躍するのは、主に大学などの専門機関である。現場は、医師免許をもった法医学を指導する教員(法医学医)と大学院生、そして解剖補助員、研究補助員、事務職員などで構成されている。
通常、臨床においての解剖とは、病死であることが明らかな場合、病死者の死因、病気の種類やその本態、治療効果などを解明するための病理解剖を指す。一方、法医学で扱う解剖には、司法解剖と行政解剖がある。司法解剖は、司法警察員、検察官、裁判官などの嘱託、命令により、他殺死体、変死体、変死の疑いのある死体について行われ、行政解剖は、事故死者を対象とし、行路病死者、水死体、自殺死体、災害死体、医師の手にかからず死亡した者を主とした解剖を指し、監察医制度のある大都市では監察医が行う。この2つを合わせて法医解剖という。
文部科学省医学教育課によると、2012年現在、法医学教員は全国で151名、大学院生は57名で、1大学あたり解剖を実施している医師は2人以下、大学院生においては1人に満たない状況で、法医解剖医の不足が問題となっている。その理由として、臨床医に比べて収入が低い、大学以外の就職先がほとんどない、死因究明実務に忙殺され、教育・研究が滞り、時間外勤務でプライベートにも甚大な影響が出ているなどが挙げられている。
このような過酷な労働環境下で、「既に診断されている病気で死亡した場合以外のすべての死」、つまり、「異状死」を扱うのが『アンナチュラル』のUDIラボの使命である。健康と医学の博物館・第8回企画展「死の真相を知る医学ー法医学ー」によると、この「異状死」は「異状死ガイドライン」をもとに、人権擁護や公衆衛生、労災など社会的な面から、犯罪性がないケースを含めて広く解釈をされたものとしている。
本作は「不自然な死は許さない」「死と向き合うことによって、現実の世界を変えていく」というテーマのもと展開していくが、これまでの法医学ミステリーともう一点違うのは、登場人物である2人の法医解剖医のそれぞれの過去が事件性を帯びている点だろう。
主人公の法医解剖医・三澄ミコト(石原さとみ)は無理心中で両親、弟を失い、三澄家の養女として育った。普段は合理的でさばけており、屈託のない様子だが、どことなく影を見せる一面もある。大学では自らが関係する練炭による一家無理心中について研究をしており、練炭自殺のケースにおいてはエキスパートと言われている。第2話では、集団練炭自殺をしたひとりの少女の死因が凍死であり、その原因を探るべく、捜査している最中に真犯人に、記録係の久部六郎(窪田正孝)とともに、冷凍車に閉じ込められ、そのままトラックごと湖に水没させられてしまう。徐々に浸水してくるトラックの中で、水の成分を調べ、そのデータを中堂に連絡し、自分たちの居場所を突き止めるように指示を出す。そして、「呼吸停止から3分間は心臓が動いている」「人間は意外としぶとい」と六郎に言い放つのだ。そして絶体絶命、沈みゆく自らの体を前にしてもあがくことなく、「あったか〜い味噌汁が飲みたい」と言う場面では、一度、死の狭間をさまよったミコトの生へのこだわりが滲み出ているようで印象的だ。
そして、もうひとりの法医解剖医・中堂系(井浦新)は、医大の法医学教室にいた8年前に殺害された恋人の司法解剖を担当した。その際、恋人であるにも関わらず解剖に応じたことから、殺人犯として逮捕された。のちに証拠不十分で釈放されるも、その真相は未だ明らかになっていない。ただ、解剖の際、恋人の遺体の口腔内に“赤い金魚”の印を発見し、以来、UDIラボに潜り込み、葬儀屋に賄賂を掴ませるなど、手段を選ばず、同じケースの遺体を捜しまくっている。協調性がなく破天荒で、ラボでもスタッフと対立しがちで、いつも孤立している。この重い過去を背負った法医解剖医のもとにさまざまなケースの遺体が送り込まれ、死因を究明していくと同時に、中堂においては、自身の背負った過去への追求をも極めていく。