『スリー・ビルボード』が描く、善悪混淆と人間の多面性

 対して、映画の中には優しいひと時もある。ミルドレッドが看板の下で、偶然出逢った鹿と対峙する場面である。鹿を娘の生まれ変わりと見立てて会話するミルドレッドの姿は、それまでの「強い女性像」が小休止され、儚く美しい。鹿は神話においては再生と復活を象徴すると言われるが、それは娘の復活のメタファーでもあり、ミルドレッド自身の再生を告げる存在として表されている。

 敵も味方もない、善も悪もない、そんな世界に私たちは生きている。憤怒の所在は曖昧になり、哀しみは癒える術を失っていく。長い道すがらに引き連れていくしかないのだろう。映画の終わりにミルドレッドとディクソンがある目的を果たすため出発した道で交わされる会話が告げている。ゆっくりと考えればいい。そう、私たちはまだ道の途中なのだから、と。

■児玉美月
現在、大学院修士課程で主にジェンダー映画を研究中。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter

■公開情報
『スリー・ビルボード』
全国公開中
監督・脚本・製作:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジ、ルーカス・ヘッジズ
原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
配給:20世紀フォックス映画
(c)2017 Twentieth Century Fox
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/threebillboards/

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