油絵が動くアニメ『ゴッホ~最期の手紙~』はどう作られた? 前代未聞の手法に迫る

 「アニメ映画のカンヌ」と呼ばれる、最も長い歴史を持つ世界最大規模のアニメーションのための映画祭、「アヌシー国際アニメーション映画祭」。2017年、長編部門のグランプリに輝いたのは、湯浅政明監督の傑作『夜明け告げるルーのうた』だった。さらに審査員賞には、日本でも人気を得た『この世界の片隅に』が受賞し、この年は日本の作品が高く評価された年となった。だが長編部門にはまだ「観客賞」が残されている。この権威ある賞を受賞したのが、誰もが知る画家フィンセント・ファン・ゴッホの人生と死の謎を描いた作品、『ゴッホ~最期の手紙~』である。

 「ゴッホの描いた油絵が動く!」。本作『ゴッホ~最期の手紙~』最大の驚きは、まさにゴッホの燃え上がるような筆致の、迫力ある絵画作品がアニメーションとして動き出すところだ。しかもこの映画で描かれるドラマの大部分が、この手法で描かれている。それにしても油絵のアニメーションなど、一体どうやって作るのだろうか。ここではそんな製作の秘密、そしてこの驚くべき手法をもって本作が描こうとするものが何なのかを考えていきたい。

■前代未聞、気の遠くなる製作方法で油絵を動かす!

 油絵のアニメーションをどうやって作るのか。それは、実際に油絵をキャンバスに描いていくのである。キャンバスに油絵の具を塗って、一つの絵を完成させたら、次に動く部分をナイフでこそげ取り、また次のコマとなる絵を描いていく。その一枚一枚をカメラで撮影し、高解像度の写真をつなげてアニメーションを作っていくのだ。1秒につき12枚、本編に使われた枚数を集計すると62450枚にも及ぶ。仮にこれを実寸大で全て地面に広げることができたなら、ロンドンとマンハッタン島を敷きつめられるほどの面積になるという。この気の遠くなる膨大な仕事は世界で公募され、各国から選ばれたアーティストたちが集まった。彼らはゴッホの筆致を身につける特訓を受けたのちに、分担された作業をこなし必要なシーンを完成させていったということだ。 

古賀陽子氏

 アーティストのなかには、古賀陽子という日本人の画家もいた。彼女によると、ゴッホの絵をそのまま基にした場面の作業では、「ゴッホの絵に似ているだけではだめだ、絵の具のかすれ具合まで同じにしてくれ」と指示されたという。そんなクオリティーの絵画作品を、数十枚、数百枚と描いていくのである。もしシーンの流れの途中で一枚でも不備があった場合は、そのシーンごと最初からやり直しになったらしい。

 とはいえ、アーティストたちは何もない白紙の状態から絵を描き始めたわけではない。本作は、まず役者を使って実写映像を撮影し、それを基にアーティストがトレースするという、ディズニー映画『白雪姫』や、リチャード・リンクレイター監督の『ウェイキング・ライフ』、『スキャナー・ダークリー』で利用された「ロトスコープ」という技術を応用している。実写にCGを加えた映像をあらかじめ作成し、それをキャンバスに特殊な方法で投影しつつ、上から絵筆でなぞり塗りつぶしていくのだ。アーティストたちはそれぞれパーテーションで仕切られたスペースが与えられ、集中しながら膨大な量の作業を続けたという。このきわめてアナログな製作方法を実現させるために、様々なテクノロジーが駆使されているというのが面白い。

関連記事