松江哲明の“いま語りたい”一本 第22回
松江哲明の『築地ワンダーランド』評:築地で生きる人々を捉えた“日本らしくない”ドキュメンタリー
月永雄太さんや、百々新さんなど、劇映画を手がけているカメラマンが撮影にクレジットされていましたが、すごく沢山のカメラマンが本作には携わっていました。これだけのカメラマンがいて、長期にわたる取材、撮影素材の量は膨大な数となります。しかし、映像には統一感がありました。
ドキュメンタリーの編集で、“苦しく”なってしまうのは、取材対象者に密着して関係性を作っていて被写体と格闘するような場合です。素材を作品にしていくということは、被写体が求めていたものとは違う切り取り方をすることも出てくる。結果として、作品として公開することで被写体を裏切ってしまう、傷つけてしまう可能性があります。監督は被写体のそういった負の部分も背負う覚悟が必要なわけです。でも、本作はそういった作り方はしていません。もちろん、編集をして映画にする作業は大変な作業だったと思うのですが、同じドキュメンタリー監督の目からも、遠藤監督が楽しんで作ったんだろうなというのが伝わってくる。映っている方たちが、みんなウェルカムな形でカメラに接している。もちろん、簡単に取材ができなかった人はいると思うのですが、基本的に誰もがカメラに協力的なんですよね。築地を映画として残すこと、自分の仕事を撮ってほしい、というポジティブな関係性が垣間見える。逆に言うと、ネガティブな面が見えないというのは、ネガティブになりえる問題を掘り下げ過ぎていないから。取材を受けた方々もいろんな不満や悩みは必ずあると思います。でも、そこを描くのではなく、彼らがどう生きているかという方向のみに絞っている。だから、遠藤監督の人柄がインタビューを通して伝わってきます。
遠藤監督の感情が垣間見えたのは、最後のある場面で発した「寂しいです」という一言。そこまで、一定の距離を保っていたからこそ、一瞬見せた監督の感情がより際立っていたように感じました。『ドキュメント72時間』のような、俯瞰する位置にいたはずなのに、ここだけは抑えきれなかったものがあったんでしょう。ドキュメンタリーは現実を撮る手法です。「こういうものを撮るぞ」と決めていても、必ず外れるんです。そして、その時こそが大事だと思います。
築地で生きる方々の魅力に加えて、本作の主役はとにかく美味しそうな魚たち。観終わった後、すぐに魚を食べに行きました(笑)。尾久に大好きな定食屋さんがあるんですが、本当に安くて美味しいんです。『築地ワンダーランド』を観た後だと、きっと店主の方も映画に登場するような仲卸の方たちといい付き合い方をされているんだろうなあと想像してしまいました。おそらく本作を観た人の誰もが、自身が口にする魚の背景に、映画に登場する方たちの姿を思い浮かべるようになるのではないでしょうか。
(取材・構成=石井達也)
■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。山下敦弘と共同監督を務めた『映画 山田孝之3D』が公開中。
■リリース情報
『TSUKIJI WONDERLAND(築地ワンダーランド)』
DVD&Blu-ray発売中
Blu-ray:6,300円+税
DVD:5,400円+税
発売・販売元:松竹
監督・脚本・編集:遠藤尚太郎
取材協力:築地で働く人々(仲卸ほか)
製作・配給:松竹メディア事業部
(c)2016松竹
公式サイト:tsukiji-wonderland.jp