『LOGAN/ローガン』は“名作映画”の領域にーー本物のドラマに宿るアメリカの魂

『LOGAN』が甦らせたアメリカの魂

 アメコミヒーローが第一に象徴するものは、「正義の心」である。そんなヒーローを代表する一人であるはずのローガンは、多くの人々から忘れられ、放棄され荒れ果てた廃工場と一緒に朽ちようとしている。それと対比される、大掛かりな機械によって管理されたトウモロコシ畑で活躍する現役のシステムは、ひたすら効率だけを追求しているように見える。これが示すものは、アメリカという国の価値観や、社会状況の移り変わりである。

 かつてアメリカの市民は、自分の労働が国を豊かにして、それが自分や家族、子孫たちの生活をも向上させることになるという、国民共通の大目標を信じていた。しかし大企業中心の社会になってくると、企業にとっての利益や効率が何よりも優先され、そのトップとなる、ごく一部の富裕層だけが得をするような、極端な格差社会の構造が出来上がっていった。それでも仕事があればまだいい方で、さらなるコストカットのために、企業が労働力を海外に求めたために、国内の工場などに従事する熟練の労働者は職を失い、居場所を失い、プライドを失うことになった。

 利益のために先鋭化していく大企業が支配する社会において、残されている職とは、ただ管理者の命令や既存のシステムだけを盲目的に遂行する、誰がやってもさほど変わらないような内容の、無個性な労働である。自主性を持たずに、労働組合などを作らず、それがどんなに倫理に反し、人々を不幸にすると分かっていても、粛々とこなしていく代替可能な存在。それこそがいま社会に求められる、目指すべきヒーロー像だというのだ。本作でローガンと戦うことになる敵は、まさにそのように作られた哀しいミュータントであり、企業によって現在求められる市民の偶像なのである。

 また同時に描かれるのが、メキシコ移民問題だ。メキシコ移民の女性とミュータントの遺伝子から、人工的に人間兵器を作ろうとする、非人道的な研究施設は、移民を同等の人間と見なさず、安い賃金で過酷な労働を課して搾取してきたアメリカの状況を暗示している。多くのアメリカの労働者と同様、彼らもまた長年、アメリカという国に認められ、居場所を作るために貢献しようとしてきた存在なのである。市民の一部が彼らに対して敵意を向けようとも、彼らはすでにアメリカの一部であり、アメリカをアメリカたらしめる存在になっているのだ。ローガンたちがかくまうことになる少女ローラが、ローガンが好むと好まざるとに関わらず、彼の娘になっていくように。

 本作が、このようなひどい世界を描きながら訴えかけるのは、本当の「正義」のかたちである。力を失っても、どんな状況に置かれても、未来のために、他人のために、それがどんなに小さなことであっても、自分がいまできることをやる。老人のために食事を作ることも、下の世話をすることも、子どもに優しくすることも、英雄的な行為なのだ。そして個人個人がヒーローになることで、自分自身も救われていく。本作で名作西部劇『シェーン』が登場するのは、まさにその精神が共有されているからであろう。

 問題が山積するアメリカの実相をひとつの作品に集約させ、そこを乗り越える精神を示した『LOGAN/ローガン』は、まさに「名作」の名にふさわしい作品である。ハリウッド大作はビジネスのために、どうしても多くの観客に好まれるような無難で平板な表現に傾いていきがちだ。しかし本作は、本物の深いドラマを描こうとする、ジェームズ・マンゴールド監督の強い作家性と信念に貫かれている。作品を最終的に輝かせるのは、やはり作家個人の個性であり欲望である。本作はそのことにも気づかせてくれる。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『LOGAN/ローガン』
全国公開中
監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ヒュー・ジャックマン、パトリック・スチュワート
配給:20世紀フォックス映画
(c)2017Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/logan-movie/

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