多部未華子『ツバキ文具店』はなぜ毎週観たくなる? “時間の流れ”感じさせる作風

多部未華子『ツバキ文具店』の秀逸さ

 正直、あまり数が多いとは言えないけれど、「これは毎週、観るのが楽しみだな」……いつの間にか、そう思うようになっているドラマが、毎クール何本かある。はてさて、それらのドラマに共通するものって何だろう。好きな役者が出ている? 物語の行方が気になる? もちろん、それもあるだろう。けれども、総じて言えるのは、それらをひっくるめたドラマの“世界”そのものが、やがて愛おしくなってしまうということだ。前クールの『カルテット』(TBS系)も、そうだった。毎週毎週、この時間には、彼/彼女たちが生きる、この“世界”に触れることができる喜び。連続ドラマを毎週見る醍醐味とは、当たり前だけれども、実はそんな素朴な喜びに拠るところが大きいのではないだろうか。

 その意味で、今クール、個人的に毎週楽しみにしている……というか、いつの間にか、その“世界”そのものを好きになってしまったのは、毎週金曜22時からNHK「ドラマ10」枠で放送されている、多部未華子主演のドラマ『ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~』(全8回)だった。柴咲コウ主演で映画化された『食堂かたつむり』などで知られる作家、小川糸によるベストセラー小説を原作とする本作。サブタイトルに併記されているように、古都・鎌倉の地を舞台としたこのドラマには、海と山の両方がある鎌倉ならではの風光明媚な景色ともども、昨今のドラマとしては珍しいほど、実にゆったりとした緩やかな時間が流れている。

 育ての親である祖母の葬式をきっかけに、8年ぶりに生まれ育った鎌倉の地に返ってきた主人公、鳩子(多部未華子)。幼少のころから、祖母に徹底した教育を施されながら、やがて祖母に反発、都会に飛び出していった彼女は、祖母が鎌倉で経営していた「ツバキ文具店」を引き継ぐことになる。しかし、その店には、文具店だけではない、別の顔があった。美しい文字で手紙を書く“代書屋”を、代々その生業としていたというのだ。依頼者の要望を受けたあと、手紙の文面を考え、それに見合う文字や文具、便箋を選定し、美しい文字で手紙を書きあげるという、一風変わった“代書屋”。実は、そのための修行を幼少期に行っていた鳩子は、たまたま受けてしまった依頼をきっかけに、新米の代筆屋として営業を開始する。その才能を開花させながら、さまざまな依頼に応えていくことになるのだった。

 このドラマの魅力は、いわゆる“事件解決もの”の変奏とも言える、その特異な設定だけではない。ある種、ハマり役と言っていい多部演じる鳩子(親しい人からは「ポッポちゃん」と呼ばれている)を中心に、彼女を取り巻く一癖も二癖もある人物たちのアンサンブルが、観ていてとても心地好いのだ。鳩子の亡き祖母、カシ子(鳩子は「おばあちゃん」ではなく、敢えて「先代」と呼ぶ)を演じる倍賞美津子。ツバキ文具店の隣に住む、上品でミステリアスな女性、「バーバラ夫人」を演じる江波杏子。カシ子の古くからの友人であり、無骨ながらも何かと鳩子を気遣う、和装にマント姿の紳士「男爵」を演じる奥田瑛二。手紙にまつわる出来事をきっかけに、鳩子の良き友人となる小学校教師、帆子(通称「パンティー」)を演じる片瀬那奈。そして、ツバキ文具店の近くでカフェを営むシングルファザーの蜜朗(上地雄輔)と、彼の5歳になる娘、陽菜(愛称「はーたん」/新津ちせ)。ときに手紙の依頼者となり、ときに鳩子の良き相談者となる鎌倉在住の彼/彼女らと過ごしながら、次々と舞い込む依頼ともども、鳩子の日々はゆっくりと流れていく。

 もちろん、毎回鳩子が請け負うさまざま依頼は、本作の中心的なテーマである。「奇妙なお悔み状」、「幸せの修了証書」、「けじめの断り状」、「最後のラブレター」、「母へと贈る文字」……各話のタイトルを見ればわかるように、その依頼はいずれも一筋縄ではいかないものとなっている。それらの依頼に対して、新米代筆屋・鳩子は、どんな“答え”を導き出すのか。それは、手紙の主旨に合わせて鳩子が選ぶ筆記具や文字、さらには便箋や封筒といった小道具へのこだわりと蘊蓄も合わせて、毎回非常によくできたものとなっている(各話で使用された“手紙”は、ドラマの公式ホームページで閲覧可能)。そして、そんな鳩子の手紙がもたらせた、後日談とも言うべき、人々のささやかな変化。本日放送の第六話「愛するチーちゃんへ」では、レギュラーメンバーのひとりである鎌倉の観光ガイド、高橋克典演じる白川が、認知症の母に渡すための手紙を鳩子に依頼することになるようだ。そう、改めて言うまでもなく、手紙には、送り手のさまざまな思いが込められている。記憶や思い出といった、送り手/受け手の関係性も含めてその行間から立ち上がる、かけがえのない思い。普段は言葉にできない伝えきれない思いが、そこにはあるのだった。そして、それらの手紙を“代書”することによって、鳩子自身もまた、ゆっくりと成長してゆくのだ。

 母の記憶もないまま祖母に預けられ、幼少期から“代書屋”としての修行をさせられてきた鳩子。そんな祖母に反発して家を飛び出したまま連絡も取らず、その死を看取ることもできなかった彼女の胸のうちには、やがて生前直接伝えることのできなかった、祖母に対するさまざまな思いが湧き上がってくるのだった。となると、彼女が最後に向き合うのは、やはり「先代」である祖母ということになるのだろう。第五話「母へ贈る文字」の冒頭で言及されながら、結局姿を現すことのなかった、鳩子を探しているという謎の外国人、通称「ミスターX」は、やがて鳩子にある決定的な“手紙”をもたらすことになる。そう、基本的には、毎回依頼主の手紙を書くという“一話完結”型のドラマでありながら、同時にいろんな物事が並行して動いている……まさに、時間の流れを感じさせる荒川修子の脚本、そして黛りんたろうの演出の手さばきが、本作を原作小説とはまた違う、ドラマならではの奥行きをもたらせていることは、ここできっちり指摘しておくべきだろう。

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