『ゼロ・グラビティ』の経験はどう活かされた? 『ノー・エスケープ』監督インタビュー

 アルフォンソ・キュアロンの息子で、『ゼロ・グラビティ』で脚本を手がけたホナス・キュアロンが監督を務めた映画『ノー・エスケープ 自由への国境』が5月5日に公開される。アルフォンソ・キュアロンも製作に名を連ねた本作は、メキシコとアメリカの国境の砂漠を舞台に、不法入国を試みるモイセスと15人の移民たちが、正体不明の襲撃者に襲われながら、命がけで“自由の国”を目指す模様を描いた逃走劇だ。リアルサウンド映画部では、メガホンを取ったホナス・キュアロン監督に電話取材を行い、本作と『ゼロ・グラビティ』との共通点や、父アルフォンソ・キュアロンとの関係性についてなど話を訊いた。

「アプローチや方向性は『ゼロ・グラビティ』と同じ」

ホナス・キュアロン監督

ーー本作の脚本は『ゼロ・グラヴィティ』の脚本を執筆する前から書き始めていたそうですね。

ホナス・キュアロン(以下、キュアロン):実は脚本を書き始めたのは10年前なんだ。当時から反移民的な強い流れがあって、たくさんの政治家が反移民的な発言をもって、選挙に当選しようとしていた。それが今回の脚本を書き始めるきっかけになったんだ。映画が完成するまでにこれだけの時間がかかってしまったのは、その途中で『ゼロ・グラビティ』の制作に入ったことが大きかった。それに、この作品は砂漠がひとつの登場人物と言っていいくらい重要な要素だったから、ロケハンで世界中の砂漠を見て回ったことも時間がかかってしまった理由のひとつだ。

ーー砂漠というロケーション、銃撃や逃走などのアクション、重要なキャラクターでもある犬との撮影など、撮影は非常にハードなものだったのでは?

キュアロン:撮影はとても大変なものだったよ。半分は僕のせいなんだけどね(笑)。これだけ大掛かりなことをやったことがなかったからあまり深く考えていなかったんだけど、僕はハイキングが好きで、絶景が観たくてバックパックを背負って水を持って、歩いてロケハンをしたんだ。ようやくロケ地を決めて、ここで撮ろうと言ったら、プロデューサーから嫌な顔をされたよ(笑)。相当辺鄙なところで、駅から3時間もかかるし、移動も大変。電波がないから携帯も使えないし、照明もたけないし、おまけに蛇も出るような場所だった。撮影でいちばん大変なのは、アクションや犬のシーンだと考えていたけれど、実際は砂漠に対するあれこれが最も大変だったよ。

(左から)アルフォンソ・キュアロン、ホナス・キュアロン

ーーあなたの父アルフォンソ・キュアロンと叔父のカルロス・キュアロンは本作で製作を務めています。今回の作品について、彼らから何かアドバイスをもらったことはありますか?

キュアロン:僕は作品づくりをする時、いつも父と叔父にアドバイスを乞うんだ。父に本作の初稿を見せたとき、「僕からアドバイスすることは何もない。むしろ僕がこういう映画を作りたいよ!」と言ってくれたんだ。だから、どういうストーリーにするかは自分の中で最初から明確にあったと言えるね。父は映画に夢中な人だったから、僕は小さい頃からずっと映画の話を聞かされてきた。息子は父親に逆らうもので、実は僕も最初は映画に興味がなかったんだけど、大学で英米文学を学んでいた時、当時美術史を専攻していた今の妻と出会い、僕が子供の頃に父から観せられた映画を妻にも観せていくうちに、やっぱり自分は映画が好きなんだと再認識したんだ。物書きになりたいと思っていたけど、映画でも物語を語ることはできるんじゃないかとね。それを聞いた父はビックリしていたよ。でも、映画好きな父やその友達に囲まれて暮らしていたんだから、当然といえば当然だよね。『ゼロ・グラビティ』の時の父を観ていて、ものすごく尊敬したのは、とにかく細部にこだわるということ。細部を突き詰め、全力投球をする。まさに完璧主義と言っていい。自分もこうありたいと思ったんだ。

 

ーーある状況下で非常にシンプルなストーリーが展開される点では、本作と『ゼロ・グラビティ』に非常に強い繋がりがあるように感じました。

キュアロン:確かに『ゼロ・グラビティ』の影響は少なからずある。『ゼロ・グラビティ』と『ノー・エスケープ 自由への国境』は、映画としてのアプローチや方向性が同じなんだ。どちらの作品も、手に汗握る、最後まで緊張が解けないノンストップ・スリラーであり、対話のきっかけになる映画。父と一緒に『ゼロ・グラビティ』を作ったことで、どのように緊張感を維持するかを学べたのは、僕にとってもすごくよかったと思っているよ。

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