『オズの魔法使い』を危険な“大人向けドラマ”に 『エメラルドシティ』異才ターセム・シンの作家性
ターセム・シンの才能はどう活かされるか
ターセム・シンは、初めて映画監督としてデビューした『ザ・セル』(2000)で、はやくも映画業界に衝撃を与えた映像作家である。もともとコマーシャル映像やヴァネッサ・パラディ、R.E.M.、ディープ・フォレストなどのミュージック・ビデオで活躍していたこともあり、彼の最も得意とするところは、観客にビジュアル・ショックを与えるという点である。セット撮影、ロケ撮影、CGや合成など決まった方法にこだわらず、あらゆる手法を駆使して、彼は観客の息を一瞬止まらせるような映像を作り出すことができるのだ。
『ザ・セル』は、ジェニファー・ロペスが演じる精神科医が、行方不明になった女性の手がかりを捜すため、未来的な装置によって、究極的に異常な快楽殺人犯の狂った精神世界にもぐり込み、血なまぐさくグロテスクな、しかし妖しい美しさに満ちた恐怖体験をするという内容だった。現実ばなれした雄大な砂漠のロケ撮影や、石岡瑛子による華美で奇妙な衣装、そしてその衣装が精神世界の部屋に接合され姿を変えていくという斬新な光景、また、切断した動物の死体を使用した現代美術家ダミアン・ハーストや、ノルウェーの画家オッド・ネルドルム、さらにアニメーション作家ブラザーズ・クエイなど、ダークな作品のアイディアを取り入れた背徳的なヴィジュアルは話題を呼び、映画を中心とするクリエイターたちに、さらなるインスピレーションを与えることになった。この作品で異常な殺人犯を、撮影中に気絶するまで熱演したというヴィンセント・ドノフリオは、『エメラルドシティ』の重要な登場人物である「魔法使い」を演じている。
ターセム・シン監督は、その後、ハリウッドの黄金時代への郷愁を大スケールで表現した意欲作『落下の王国』(2008)、ギリシア神話を基に壮絶な戦闘を描く『インモータルズ -神々の戦い-』(2011)、コメディー色を強めた『白雪姫と鏡の女王』(2012)など、娯楽作のなかで、やはり印象的な絵づくりへのこだわりを継続している。
このような尖った映像は、どのようにもたらされるのか。CMやミュージック・ビデオで頭角を現したターセム・シン監督の映像世界は、他の多くの監督がこだわるような「意味性」や「哲学性」などに、あまり縛られていないように見える。それが美しいものであれ怖ろしいものであれ、無意識下に訴えかけるような、力強いビジュアルを生み出すことが何よりも優先されているのだ。
思想や建設的な概念から距離をとる、このような試みは、美術の世界では、理性や知識よりも、深層意識や直感を重視するダダイズムやシュールレアリスムに通じるところがある。そのように「感覚的」な作品というのは、サイレント映画の時代、マルセル・デュシャンやジャン・コクトー、ルイス・ブニュエルやサルバドール・ダリなどの先鋭的な作家によって、一時期は盛んに作られたが、登場人物への共感を重視する演劇的な映画が次第に主流となっていき、この手の映画は姿を消していった。しかし、このような表現に、劇映画としての意味を与えるような映画も現れた。サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の『白い恐怖』(1945)は、ダリの創造したシュールな絵画表現を、個人の精神世界を暗示するものとして利用した作品である。これはまさに『ザ・セル』の原型であり、意味から逃れようとするアーティスティックな表現を、娯楽表現のなかにつなぎとめ機能させる試みである。これこそがターセム・シン監督の作家性の核心部分だといえよう。
ターセム・シン監督の映画作品のなかで『ザ・セル』が内容的に最も成功しているというのは、彼の資質と題材がガッチリとかみ合っていることの証左である。そして、アメリカで最も愛される「物語」である『オズの魔法使い』は、その幻想的世界が、やはりドロシーの内面の投影になっている。その意味において『エメラルドシティ』は、ターセム・シンの真価が発揮できる題材だといえるだろう。これから配信されていく『エメラルドシティ』のエピソードのなかで、かつて多くのクリエイターに衝撃を与えたような、新たなターセム・シン伝説が生まれるのかどうか、それを楽しみにしながら、視聴者を危険な旅へといざなう全10話を観ていきたい。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■配信情報
『エメラルドシティ』
Huluにて、字幕・吹替え同時配信中(全10話)
監督:ターセム・シン
出演:アドリア・アルホナ、オリヴァー・ジャクソン=コーエン、ミド・ハマダ、アナ・ウラル、ジョエリー・リチャードソン、ヴィンセント・ドノフリオほか
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