門間雄介の「日本映画を更新する人たち」第8回

注目すべき“90年代生まれ”の監督たちーー中村祐太郎、甫木元空らは新たな監督像を築き上げるか

『はるねこ』

 中村と同様に多摩美術大学の卒業生である甫木元空(ほきもと・そら)監督の劇場デビュー作『はるねこ』は、「劇場体験」を念頭に置き、脚本の段階から音にこだわって作品作りが進められたという。実際、できあがった作品を観れば、なによりもまずその音の多層的な響きに心を奪われる。舞台となるのは緑深い森のずっと奥。そこでは生と死の境目がぼやけ、生者のものとも死者のものともつかない声が共鳴し、幻燈会と称される集いにやって来た人々の歌や演奏がときおり重なりあう。ボーンボーンと時を刻む振り子時計、画面外の何者かがささやくヒソヒソ声、ハハハという哄笑、遥か彼方の銃声、爆発音、そして何度となくくり返されるこのフレーズ。

「がっしゃんどん」「がっしゃんどん」

 宮沢賢治的とも、寺山修司的ともいえるその世界で、観る人は不思議な見世物小屋に迷い込んだような体験をするだろう。

 甫木元みずから音楽を手がけ、歌い、ギターやマンドリンを演奏しているところがそもそもユニークだ。本作上映時のイベントでは劇場で生歌を披露し、東京学生映画祭で準グランプリを受賞した多摩美大の卒業制作作品『終わりのない歌』でも、エンドロールで彼みずからギターを弾き語るパフォーマンスを見せたというふうに聞いている。直線的で閉じられたひとつのストーリーを提示する作品ではない。そのポリフォニックな音や声のつらなりから、観る人それぞれがどのようなストーリーを紡ぎだすか。野心的な作品だ。

 中村も甫木元も、これまで日本にはいなかったタイプの監督像を、新たに築きあげる可能性を秘めている。甫木元の多岐にわたる活動はもちろん、中村も自身の監督作品に役者として出演し、例えば『雲の屑』では「小男」を名乗る役柄で他に代えがたい存在感を発揮していた。世代的な傾向としてくくるまでもなく、SNSを通じて監督が宣伝に関与し、多くの人たちと直接的にコミュニケートしていく新たなDIYの時代には、かつてと違う作家性とでもいうべきものを有した監督がいつ誕生してもおかしくない。その点、見事な自作自演ぶりで16年に最も鮮烈なインパクトを残したのは『花に嵐』の岩切一空(いわきり・いそら)監督だ。92年生まれの彼は、PFFアワード2016で準グランプリを受賞したこの監督作にみずから主演し、笑いと驚きが噴出するセルフ疑似ドキュメンタリーを作りあげた。

『花に嵐』

 大学入学後すぐ、かわいい先輩女子が勧誘する映画サークルに入った冴えない主人公は、部室のカメラを借りて身の回りのできごとを撮影しはじめる。ところがある日、彼は気づいた。どの映像にも謎の美少女が映りこんでいることに。そして映画サークルの一員らしい彼女に付きまとわれるうち、彼は未完成に終わった作品『花と嵐』の続きを撮るよう依頼される。まず特筆すべきは、節々に挿入されるテロップなどの作りこみが尋常でなく可笑しいこと。続いて主人公が次から次へと新たな事態に巻き込まれていくさまを、ある時は心霊ホラー、ある時は冒険アクションのような趣向を凝らして、テンポよく見せていく手際が半端なくいい。加えてエロもある。

「ヤりたいからヤるんだろう?」

 謎の美少女はたびたび主人公にこうささやきかける。でもこの言葉は、エロのニュアンスを含みながら、実は青春期の若者たちを次の一歩に駆り立てる力強い一言になっている。だから観終わった後、胸にあふれるのはなんてすばらしい青春映画だったのかというこみ上げるような思いだ。いまのところ上映はPFF関連のイベントなど企画上映のみ。晴れて劇場公開された暁には、この突然変異的に生まれた一作を見逃さぬよう、みなこぞって映画館へ足を運ばなければならない。

 思えば16年は小林勇貴監督の『孤高の遠吠』を観て、そのとんでもない面白さに打ち震えることから始まった。今後さらに続々と登場する90年代生まれの監督たちのなかで、いち早く抜け駆けするのはいったい誰だろう。

■門間雄介
編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。
編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。

■公開情報
『太陽を掴め』
テアトル新宿、名古屋シネマスコーレほかにて公開中
監督・脚本:中村祐太郎
プロデューサー:髭野純
脚本:木村暉
出演:吉村界人、浅香航大、岸井ゆきの、三浦萌、森優作、内田淳子、松浦祐也、古舘寛治、柳楽優弥
制作・配給:UNDERDOG FILMS
89分/カラー/2016年/シネマスコープ
(c)2016 UNDERDOG FILMS
公式サイト:taiyouwotsukame.com

『はるねこ』
ユーロスペースほかにて公開中
脚本・編集・音楽・監督:甫木元空
プロデューサー:青山真治、仙頭武則
出演:山本圭祐、岩田龍門、赤塚実奈子、高橋洋、川瀬陽太、川合ロン、福本剛士、りりィ、田中泯
企画協力:ユーロスペース
製作・配給:Miner League
(c)Miner League
公式サイト:haruneko-movie.com

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