菊地成孔の欧米休憩タイム〜アルファヴェットを使わない国々の映画批評〜 第12回

菊地成孔の『アズミ・ハルコは行方不明』評:「若い映画」なのか、「そんなに若くない映画」なのかはっきりしてくれよ

しかし、「山内マリコ監督作品」ではない本作は

 崇拝者が寄ってたかって作った作品。にありがちな現象として、原作/ 原作者の属性をまるまるトレースして憚らない(客観的な批評眼がない=崇拝者集団なので)上に、さらに増幅してしまっている。つまり、精神分析的に言うと、ヒステリー発作として、「どっちなんだよ」性を、映画化に際して、拡大、増幅していると思われる。愛する者の果たせなかった夢を勝手に果たそうとして行動に異常や不全が出るのがヒステリーだ。

 ちょっと前に、太宰治の原作が大量に映画化された際も、同様の現象が起こった。マイルス・デイヴィス研究者のほとんどが、この微笑ましい愚を犯している。崇拝者は崇拝対象をトレースし、劣化的な拡大再生産を行うしかない。筆者が驚いた(というのは、文章の流れ上のことで、実際は全く驚いていないのだが)のは、山内マリコ氏が太宰治同様の現象を起こしたことだ。氏の小説作品は数少ないが、映画化が実現されるたびに、こうしたヒステリーは反復するであろう。

 これで批評としての中枢は書き終えたが、追記的に以下を添える。

蒼井優と高畑充希の役柄は好一対だが

 実は元、同一人物である。二人ともミュージカルの子役出身。つまり、歌唱、演劇、ダンス、という、全包囲的なハイスキルをクリアした女性である。

 90年代~00年代に株価最大値を記録した蒼井は、「ナチュラルであること。迫真性に富むこと」をハイスキルによって体現しようとする。高畑は「おバカだが一途なキャバクラ嬢」を、ハイスキルによって体現しようとする。

 しかしハイスキルには穴がある。第一にアマチュアリズムに立脚する瑞々しさを失わせるし、名演技も金太郎飴になりがちになるのである。蒼井優の、「歩道橋の下の、振られているのにすがる惨めなシーン」は迫真のものがある、と評価できるが、「いつもの蒼井優のアベレージである」とも言える。高畑は、俗な言い方をすれば「体当たりの演技」で、数度のセックスシーンを見せるが、着衣のまま、おバカの人懐っこさでいちゃつく時の演技と何ら変わらない。両者ともに、ハイスキルの持ち主が陥りやすい罠に入り込んでいる。

 蒼井優が「いきなりのベリーショート」によって、周囲をかなりざわつかせたのは記憶に新しい。しかし、誰しもをして「何かが起こる」と思わせしめた「お猿さんのようなベリーショート」は、少なくとも映画界には、とするが、何も起こさなかった。彼女は「前髪を作らないロング」に戻り、つまり、自己更新を放棄もしくは頓挫したのである。これは、スキルという重石を持たない、お気楽でアマチュアでパンキッシュな女優にとっては苦もなくできることで、蒼井優を含めた、スキルフルな芸能人の、構造的な苦役であると言える。試しにリリーフランキーの軽やかさと比較してみると良い。「それ、あまりに違うし」と言う方は、拙文『僕のおじさん』評を参照されたい。一見スキルフルに見える真木よう子は、実際のところ、小まめな自己更新を難なく行っている。つまり、本質的にスキルフルではないのである。『僕のおじさん』自体が、そうした属性の俳優たちの、集団的な自己更新の作品である。

 話が逸れたように思うかもしれないが、これは「山内マリコはスキルフルな作家か?」という問いと直結し、そのまま本作の「ああ、すっきりしねえなあ。どっちなんだよ。いろんな全部がよ」という煩悶の連続に直結している。

 本作の構造的根幹をなすタイムラインのシャッフルは、作劇としてかなりのスキルが必要で、そのスキルがハイすぎて別次元に飛んでしまったのが、あの『君の名は。』であることは言うまでもない。

 しかし、特にどんでん返しがあるわけでもなく、とはいえやはりタイムラインのシャッフルがないと、通読快楽性が生じないであろう原作は、同じ「関西地方の田舎、そこで生きる女性」を描くにせよ、「ここは退屈」を超えるにはどうしたら良いか?というミッションに対する苦肉の策、あるいは気楽な試作にさえ思える。グラフィティという、(山内氏から見たら)かなり若いカルチャーをメインに持ってきている点が、それを示している。

 タイトルにあるように、本作は「若い」映画なのか、「そんなに若くない映画」なのか、全く判然としない。監督とプロデューサーの実年齢は、若いとするに十分なのにだ。何故かは、もう説明不要だろう。山内マリコ氏が「若いのか、そんなに若くないかが判然としないこと」が、その原因である。

 この映画は、2016年に、何歳の何性に向けて、何が言いたいのか?まさか「女子高生は最強」と言いたいのであるまいな。アムラーの時代じゃあるまいし、としか言えない。山内氏が「どっちなんだよ」と思われながら、許されなくなった時、何がどう動くのか刮目したい。

(文=菊地成孔)

■公開情報
『アズミ・ハルコは行方不明』
全国順次公開中
出演:蒼井優、高畑充希、太賀、葉山奨之、石崎ひゅーい、菊池亜希子、山田真歩、落合モトキ、芹那、花影香音、柳憂怜、国広富之、加瀬亮
監督:松居大悟
原作:「アズミ・ハルコは行方不明」山内マリコ(幻冬舎文庫)
配給:ファントム・フィルム
公式サイト:azumiharuko.com

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