サエキけんぞうの『マダム・フローレンス!』評:悲劇と喜劇にまみれた史実の映画化
夫は、愛する妻に「自分は大歌手である」という夢を見続けさせるため、マスコミを買収して信奉者だけを集め、小さなリサイタルを開催するなどしていた。その一方で夫は美しい愛人を囲っている。つまり、フローレンスは愛情と歌の評判、ふたつの虚飾に囲まれている。しかしそれを見て見ぬふりをして歌に邁進し、ついにカーネギーホールで歌うと言い出す。
サクラの客の呼び込みや新聞の買収など、当時から盛大に行われていた音楽業界の詐術ぶりが見事。何といっても二次世界大戦で、アメリカは熾烈な戦いを演じていた頃だけに、音楽界も重厚な途方もない豊かさには圧倒される。そりゃあ日本は負けるわけだと悟らされる。
メリルによる、フローレンスの音痴パフォーマンスは、鬼気迫る好演。そして後に残るのは、プロセスはどうあれ、ここにも記してきたフローレンスの、最終的に本気で大衆を魅了した謎に満ちた魅力ということになる。
恐らく、彼女にもともとはあった音感が、最終的に音痴パフォーマンスを魅力的にしたのだろう、という憶測は成り立つが、その道筋はあまりにも悲劇と喜劇にまみれすぎている。
この映画、一つ難をいうなら時間経過がやたら長く感じる。それは、当時の街を立体的な壮大さで再現した結果、その空間の中に会話演出が吸い込まれていったからではないか。不思議なことだが、大きく精細で、鮮やかな画面で物語を見ると、時間経過が長く感じる。それは視覚の受け取る巨大な情報量と、耳の情報量に差が生じるからのようだ。昔の粗い動画で、遅いテンポ感の音楽や会話によって不足を感じることはないだろう。新しい高画質の米3Dアニメでは「テンポ感が遅い?」と感じられることがしばしばある。
さて、このマダム・フローレンスをモデルにしたもう一つの映画が今年2月に公開されていた。『偉大なるマルグリット』(2015仏)がそれで、物語の大筋は途中まで同じなのだが、ラストが全く違う。同じ時期のパリを舞台に、オペラ好きの貴族達に囲まれながら、やはり裸の王様を演じるマルグリットが描かれる。こちらも戦前のパリの姿や、クラシック音楽サロンの様子、当時の劇場の様子が再現されていて、映像的に大変興味深い。
問題は、もともと「音楽の才能があった」「エンリコ・カルーソーにも評価された」フローレンスがあまりにも悲劇的に描かれていること。フランスには、アメリカ的なおおらかな芸術観がないのか? 大丈夫? と思わせるほど対照的な結末で、『マダム・フローレンス!夢見るふたり』を見た後に、見ると興味深いだろう。
史実をはさんで作られる映画表現のあまりにも多様さに、しばしば当惑させられる。
■サエキけんぞう
ミュージシャン・作詞家・プロデューサー。1958年7月28日、千葉県出身。千葉県市川市在住。1985年徳島大学歯学部卒。大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。など、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。大衆音楽(ロック・ポップス)を中心とした現代カルチャー全般、特に映画、マンガ、ファッション、クラブ・カルチャーなどに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。
■公開情報
『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』
全国公開中
監督:スティーヴン・フリアーズ『クィーン』『あなたを抱きしめる日まで』
出演:メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーグ
原題:FLORENCE FOSTER JENKINS
配給:ギャガ
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公式サイト:http://gaga.ne.jp/florence/