成馬零一の直球ドラマ評論『はじめまして、愛しています。』
男女愛と親子愛、抱く葛藤は共通か? 遊川和彦『はじめまして、愛しています。』が迫るテーマ
テレビ朝日系で木曜夜9時から放送されている『はじめまして、愛しています。』は、児童虐待にあっていた子どもを特別養子縁組制度で引き取ることになった夫婦の葛藤を描いたドラマだ。
脚本は『女王の教室』や『家政婦のミタ』(ともに日本テレビ系)で知られる遊川和彦。ミステリアスなヒロインとショッキングな描写で物語を引っ張る遊川のドラマは、今まで多くの人々を引きつけてきた。だが、連続テレビ小説『純と愛』(NHK)以降は、ハードで救いのない結末が多いためか、賛否は極端に別れている。今回は、今まで拠点としてきた日本テレビではなく、テレビ朝日でのドラマとなるのだが、それが、どのような影響を作品に与えるのかが、最大の見どころだ。
主人公は尾野真千子が演じるピアニストの梅田美奈と、江口洋介が演じる不動産屋に勤務する梅田信次という夫婦。夫の信次は、「明るくお調子モノで、困っている人がいるとほっとけない」という遊川が得意とする男性だ。一方、美奈は、世界的な指揮者である父親の娘でありながらピアニストとしての才能がないことに悩んでいる女性。極端な女性ヒロインが多い遊川作品だが、ピアニストとしての夢を諦めて子どもを産むべきかで悩んでいる美奈は、尾野の好演もあってか、視聴者が共感しやすい女性となっている。極端な描写は、嫌なことがあるとトイレで叫ぶシーンくらいで、遊川が得意とする『女王の教室』以降の極端なキャラクター描写は抑え気味。今のところ「子どものいない夫婦が虐待されていた子どもの里親になる」という設定の面白さで物語を転がしているように感じる。
ある日、美奈がピアノを弾いていると庭の茂みからガサガサと音が聞こえてくる。そこにいたのは薄汚れた格好をした小さな男の子だった。男の子は親からネグレクト(育児放棄)を受けており、鎖でつながれて監禁されていた。母親が行方不明だとわかった男の子は児童相談所に引き取られるが、すぐに逃げ出し、再び梅田家を訪れる。自分の家に来たのも何かの運命だと思った信次は、里親として男の子を引き取りたいと言い出す。
以前、遊川にインタビューしたときに、「自分はラブストーリーしかやらない」と語っていた。遊川の言うラブストーリーとは、明るく楽しいだけのものではなく、お互いを思い合うが故に相手の心の奥底にまで踏み込み、お互いに傷付け合うところまで行ってしまう地獄絵図の世界だ。『純と愛』以降は、夫婦という単位で「愛」について描いてきたのだが、それは男にとっては女、女にとっては男という自分に理解できない異性としての他者とどう向き合っていくかという物語だった。それが今作では、子どもという他者に変わったのが、新境地だと言えよう。
再び施設から逃げ出し、梅田家を訪れた男の子を見た信次は、美奈のピアノに反応したのではないかと思い、その場で美奈にピアノを弾いてもらう。ドレミファソラシドと鍵盤を弾くと今まで無反応だった男の子がはじめて反応する。そこで美奈はいっしょにドレミの歌を演奏するのだが、面白いのは、今まで、劇中に登場したドーナツ、レモネード(レモン)、ラッパといったアイテムとドレミの歌がリンクしていることだ。おそらく本作にとって「ドレミの歌」に出てくるアイテムは家族にとっての幸福のイメージなのだろう。今まで感情を見せなかった男の子がピアノによって感情を見せるシーンは感動的で、最近、岡田惠和脚本で現代風にアレンジされたドラマも作られた戯曲『奇跡の人』におけるヘレン・ケラーとサリヴァン先生の関係を連想させる。