松江哲明の『日本で一番悪い奴ら』評:綾野剛は“渋い映画”でこそ一番輝くタイプの俳優

松江哲明の『日本で一番悪い奴ら』評

第三者的な目線に、白石監督の作家性を感じた

 少し意外だったのは、観る前は中島哲也監督の『渇き。』とか、そういう画面がギラギラしていて、音楽がガンガン鳴りまくっている感じのアッパー系の作品かなと思ったんですけれど、想像以上に泥臭くて、地に足が着いている感じの作風だったことです。もしかしたら、白石監督自身はコメディタッチな線を狙っていたのかもしれないですけど、僕は演出がとてもしっかりとした、リアリズム路線の作品だと感じました。おそらく白石監督の作家としての資質が、こういう仕上がりにしたのだと思います。

 とくに象徴的だったのは、綾野剛が無理矢理、容疑者の家に入って行って麻薬を探すシーン。窓の外の通り向かいにはおばさんがいて、部屋の中でのドタバタを冷めた目で見ているんですけれど、ふとカメラがおばさん側に移って、外から部屋を映し出すんです。こういう風に第三者を使って、登場人物たちを客観的に見つめる演出は、白石監督らしいなと思いました。もっとコメディチックにやるんだったら、部屋の内側からしか見せないんですよね。綾野剛さんらが争っている側から外にカメラを向けて、通り向かいにいるおばさんを映した方が、主観が強くなるんですよね。『グッドフェローズ』や『カジノ』だったら主人公にナレーションをさせるほど視線を徹底させますから。しかし、白石監督はそうではなく、たまに「何やってんの、こいつら」的な視点を入れるんです。あのおばさんはすごく効いているカットだと思いました。

 ただ、洗練されている作品だけれど、個人的には、もう少しわちゃわちゃしいているものも期待していました。というのも、あまりエキストラがいなかったんですよ。昔の東映映画とかだと、大部屋俳優っていう、台詞は無いけれども存在感がある顔の人たちがいて、彼らが画面を埋めていくと映画の世界がすごく広がるんです。たとえば警察署内はもっと雑然としていて、セリフはないけれど存在感のあるひとがいてもよかったかな、と。この映画は名前のある役者が存在感を発揮してて、無駄がなかったかな、と。それはそれで現代的で、ひとりひとりの魅力はよくわかるし、役者への愛もあるのだけれど、カオス感には欠けるところがあります。そこは好き好きでしょうけれど、もっとよくわからないひとがたくさん出てくると、また違った雰囲気の映画になったのかなと思いました。

 今回の場合は、すっきりと作ることでより社会派な作風になっていると感じます。登場人物ひとりひとりが、悪いことをしている自覚がないっていうことの怖さ。警察が盲目的にただ点数を稼ぐことだけに執着して、なにが良くてなにが悪いかを自分の頭で判断できなくなるリアリティ。こういう現象って、普通にいまの日本の社会の中でもたくさんあることだと思うんです。決められたルールに従うことは、基本的に良いこととされていますから。そして、ラストの日の丸。こういうダメ人間たちの滑稽なドタバタを描くことを通して、日本という国の難点をあぶり出そうとした白石監督の視点は、とても鋭いですよね。日本をこんな風に描く映画をもっと撮って欲しいなと思いました。これからもっと酷い国になっていくだろうから描き甲斐がありますよ。

(取材・構成=松田広宣)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。最新監督作は、テレビ東京系ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』。番組公式サイトはこちら→http://www.tv-tokyo.co.jp/okodawari/

■公開情報
『日本で一番悪い奴ら』
6月25日(土)より全国劇場にて公開
原作:稲葉圭昭「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」(講談社文庫)1月15日発売
監督:白石和彌
脚本:池上純哉
音楽:安川午朗
主演:綾野剛  
企画:日活・フラミンゴ
製作:日活
配給:東映・日活 
(c)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会
公式サイト:www.nichiwaru.com

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