成馬零一の直球ドラマ評論『とと姉ちゃん』八週目
タイピストとなった常子が見た現実ーー『とと姉ちゃん』八週目は新たな幕開けに
今週の『とと姉ちゃん』で印象的だったのは、タイプライターを打つ音の激しさだ。女学校を卒業した小橋常子(高畑充希)は鳥巣商事に入社し、清書室に配属される。常子が扉を開けるとタイプライターを叩く音が激しく迫ってくる。女性社員たちが無表情でタイプライターを叩くビジュアルは圧巻の一言で、職業婦人として働く常子の新しい物語を期待させる。
しかし、常子が入社する金曜日までの展開は「どうしたもんじゃろのぉ」と、こっちが言いたくなるくらいイマイチだった。特に、先週の続きとなる歯磨き粉騒動の顛末がぱっとしない。叔父の鉄郎(向井理)の借金を理由に歯磨き粉の売り上げを取り上げようとする借金取りを出し抜こうとする常子(高畑充希)たちは、消耗の激しい紙で包んだ歯磨き粉を借金取りに納品して、新たに開発したチューブ入りの歯磨き粉をこっそり売りだそうと考える。しかし、チューブ入りの歯磨き粉はあっさりと見つかってしまう。調理場に置いている時点で見つけてくださいと言っているようなもので、何故もっと見つかりにくい場所に隠さなかったのか、という違和感はぬぐえない。
最後に祖母の青柳滝子(大地真央)の力で事件を解決するのも安易で、本作が内包している大人に守られている世界のダメな所が出てしまったように見える。ここは最初に設定した心理的駆け引き最後まで進めるべきだった。見せ方次第で、いくらでも面白い駆け引きが描けたはずなのに、どうにも中途半端な終り方である。
他にもタイピストになるための特訓場面や入社試験の場面など、いくらでも面白くできそうなエピソードはあったのだが、どれもバタバタしていて尺が足りないように感じた。今まではせいぜい一週間に2エピソードだったのが、今週は(1)歯磨き粉編(2)タイピスト就職試験編(3)常子高校卒業編(4)常子入社編という4エピソード、(2)と(3)をセットで考えても3エピソードで、いくらなんでも詰め込みすぎである。
もちろんこれは、一週間単位で考察しているからこそ感じる違和感なのだろう。時計を見る感覚で毎日朝ドラを見ていて前後のつながりを気にしていない人にとっては常子たちの日常生活を除き見ている感覚だろうから、あまり気にならないのかもしれない。実際、視聴率も絶好調で、近年の朝ドラと同様、視聴者に負荷がないように、主人公が悩み続けるというストレスのある引きをしないことで安心感を与えている。
このドラマでは大人数で食卓を囲む場面が強調されており、『寺内貫太郎一家』(TBS系)のようなノリで、森田屋の食卓は描かれている。それ自体は食事を通した何でもない日常を大切にするという本作のテーマと合っているのだが、今週に限って言うと、どうも食事場面の繰り返しがクドいと感じた。宴会に集まったみんなに対して、常子が感謝の気持ちを伝えることで常子の女学校編のクライマックスにしようという意図はわかるのだが、すでに第五週で祖母の滝子と母の君子(木村多江)が和解するという大きな山場が描かれていたためか、イマイチ盛り上がりに欠けた。