菊地成孔の欧米休憩タイム〜アルファヴェットを使わない国々の映画批評〜 第6回(前編)

菊地成孔の『山河ノスタルジア』評:中国人は踊る。火薬を爆発させる。哀切に乗せて。

中国人は踊る。火薬を爆発させる。胸がちぎれるほどの、静かな哀切に乗せて

 と、ここでワタシは、本作で一番重要なことを2つ押さえたままあらすじを書きました。それは、「一番重要」どころか、音楽で言えば、ストーリーや登場人物の方が伴奏であり、以下のことがメロディーであるかの如き重要性なのです。

 それは、中国人が、まるでアメリカ人のようによく踊る。という事、もう一つ、中国人は、何かと言うと、爆竹やダイナマイトや、日本の花火など比べ物にならないほどのマッシヴで危険な「花火」をやたらと爆発させる。という、知っている人にはよく知っている2点です。

 この一般的な事実を、ここまで象徴的/具体的に描いた映画はありません。世界各国のチャイナタウンで、旧正月に鳴らされる爆竹はうるさくてしょうがない。小さな国の、小さなエリアであんなモン鳴らしたら、法規制を受けかねません(因みに、横浜の中華街も、80年代には「旧正月の爆竹禁止」が条例化ぎりぎりまで行ったことがあります)、しかし、中国大陸の中で鳴らされる「火薬」の意味は、どれだけ派手な爆発があっても、山河に飲み込まれてしまう。大陸での火薬は、「一瞬と永遠」を、何度もなんども再確認するための装置なのです。ドッカーン!!も、パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパンッ!!!!も、遠い山々に消えてゆき、硝煙だけが亡霊のように残る。

 「時間と忘却の天才」と呼ばれる、まだ46にしては老成した、というより「若年寄」にしか撮れない、一種のSF的な透徹した人生観は、欲望に目がくらんで狂って行くジェンシェンの、内的葛藤、その個人的な愚かさ(劇中、あらゆる爆発物を爆発させるのはジェンシェンです)と、前述の「中国における悠久の時間は、火薬の爆発という強烈なアクセントによってしか、分節できない」という、民族的/無意識的な構造を見事に重ね合わせています。

 そして、これはもう「ダンス映画」と言って良いほど、ダンスが重要な映画です。あらすじを書いてもネタバレにならない。火薬の話さえも。しかし、比較的長尺の本作で、僅か3回だけ出てくるダンスシーンの解説だけは、ご覧になった方、お一人お一人の解釈に委ねるのが批評的倫理というものでしょう。

 3回のダンスシーンは、全て意味が違い、世界で一番、日常的にダンスをしなくなってしまった、日本という国に住む我々には(今でも、沖縄とか、東北等では、酒でも入ったら踊りだす人々もいるでしょう。それでも、全然、日本人は、欧米人や南米人、他のアジアの国々人々と比べて、というより、世界で一番、「踊らない国民」なのですーーフェスとか、盆踊りとか、フラッシュモブとか、アイドル応援時のオタゲーとか、あるいは、ええじゃないか運動とか、制度化された集団ヒステリーではよく踊りますが、「制度化された集団ヒステリー」というのは疑義矛盾であるほどハードルが高く、つまり「祭り」ですよねーー)、ちょっと笑ってしまったり、唖然としたり、落涙を禁じえなかったりしますが、とにかくこれはフレッシュなまま劇場でご覧いただきたい。キューバ人が街角で踊っていても驚かない、欧米人がパーティーでみんな流暢に踊る、「なんか素敵だね」とか言って。

 しかし、踊りとは、あらゆる人間の、あらゆる耐え難いまでの喜びや悲しみを、祈りや遊びに似た形で、外側に放出する人類の叡智なのです。話の始まりである1999年には、6年前(1993年)のヒット曲、「ゴー・ウエスト」(ペットショップボーイズ)が中国全土のディスコで大ヒットしました。本作は、そのことのあけすけな描写から幕を開けます(カンヌでの上映中、ペットショップボーイズは公式ツィッターで、「私たちの曲が中国の著名監督、ジャ・ジャンクーの作品に使われています!」とエールを送りました)。この、もう、我々の規格を大きく超えたとしか言いようのないダンスシーンから、このドラマは、享楽の時代から反省と諦めの時代、そして悲しみと受け入れの時代へと進まざるを得ない個人の歴史、というものが、国家の歴史と切り結んでゆく、その因果を、決して高すぎない、中空の視点から淡々と、しかもエネルギッシュに描いてゆきます。

 最後に、本作の配給はビターズエンド、提供はバンダイビジュアルとビターズエンド、そして、配給にも提供にもオフィス北野が名を連ねています。意外に思う方もいるかもしれませんが、オフィス北野は、実はジャ・ジャンクー作品のほとんどに制作会社として関わっています。VGJ。「攻殻機動隊」の合衆国版では、スカーレット・ヨハンソン相手に主役級だそうで、殿、エゲレス語頑張ってください!(失礼、大変な余談でした)

 他にも語るべき点は山ほどあるのですが、本作の劇場トークショーのオファーを受けておりますので、ご興味あります方は是非、足をお運びください。(イベント情報はこちら→http://www.bitters.co.jp/sanga/event.html

(文=菊地成孔)

■公開情報
『山河ノスタルジア』
4月 23 日(土)より、Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:半野喜弘
プロデューサー:市山尚三
製作:上海電影集団、Xstream Pictures、北京潤錦投資公司、MK Productions、ARTE、CNC、バンダイビジュアル、ビターズ・エンド、オフィス北野
出演:チャオ・タオ、チャン・イー、リャン・ジンドン、ドン・ズージェン、シルヴィア・チャン
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/sanga/
(C)Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano
撮影・編集:wwpp

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