>  > 『クーパー家の晩餐会』が浮き彫りにする家族像

秘密と嘘だらけの一家がなぜ共感を呼ぶのか? 『クーパー家の晩餐会』が描く家族のかたち

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 近年、日本において一般的とされる“家族像”はそのかたちを変えつつある。電通ダイバーシティ・ラボ(以下、DDL)堀込理恵氏によると、厚生労働省が規定する、父母に子どもふたりの『標準家族』は減少傾向で、家族の事情に合わせて構成された“ユニット”のような家族形態が増えているという。この要因として、核家族化、少子高齢化に加えて、非婚や晩婚化、さらに離婚件数の増加などが挙げられている。(*1)

 こうした昨今の日本の家族像は、アメリカの家族像に近づいている。サントリーによる家族に関する国際調査によると、アメリカの1996年の人口1000人当たりの離婚率は4.3と、他の先進諸国と比べても群を抜いて高い。反面、離婚により得られる夫婦間の満足度も高いとされる。そして夫婦が離婚しても、親子の関係が断絶されるわけではなく、子どもが自立した後も、感謝祭やクリスマスなどには集まるケースが少なくないという。たとえ一緒に住んでいなくても、家族としてのコミュニケーションは続くのだ。さらに、養子を積極的に迎える背景もあり、アメリカ人にとっての家族とは、血縁に規定されるものだけではなく、それぞれの事情に合わせて自らつくり上げていく傾向があるとされている。(*2)

 近年、家族像を描いた映画には、邦洋を問わず、こうした背景を踏まえたリアリティのある作品が目立つ。国内のドラマでいえば『家族ノカタチ』や『お義父さんと呼ばせて』などの作品が、映画でいえば『海街diary』や『転々』などが、新たな家族像を描いている。海外映画では、ジェシー・ネルソン監督の最新作、『クーパー家の晩餐会』もそのひとつだろう。

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 知的障害を持つ父親と一人娘ルーシーとの日々を描いた代表作『I am Sam アイ・アム・サム』(脚本・製作・監督/2001年)をはじめ、妻を亡くした父娘と愛情溢れる陽気な家政婦との物語『コリーナ・コリーナ』(脚本・製作/1994年)、別れた夫の新しい恋人と余命わずかな元妻が織りなすハートフルロマン『グッドナイト・ムーン』(共同脚本/1998年)、結婚15年目を迎え、試験的に別居生活に踏み切った夫婦のラブ・ストーリー『ストーリー・オブ・ラブ』(共同脚本・製作/1999年)など、ネルソン監督はこれまで特殊な関係における“家族の絆”を描いてきたが、本作ではよりリアリティのある“どこにでもいるような家族”をモチーフにしている。しかし、この“どこにでもいるような家族”の面々は、それぞれに現代的な問題を抱えており、一筋縄ではいかない。

 クーパー家の妻、シャーロット(ダイアン・キートン)は、とっくに子どもたちは巣立ち、孫がいても未だ母親という役割から卒業できない。40年連れ添った夫サム(ジョン・グッドマン)は、妻と第二の人生を歩むべく、前向きな気持ちでいるが、シャーロットは乗り気ではなく、孫にとっての祖父母、子どもにとっての両親という役割を演じるだけ。顔を合わせれば喧嘩が絶えず、とうとう2人は密かに離婚を決意する。夫妻は事実をひた隠しながらクーパー家最後の一家団らんのために、クリスマスに家族と晩餐会の約束をした。年月を重ねるほどに複雑になっていく家族関係と、年に1度のクリスマスという一家団らん。大人だからこそ本音を隠し、各々の体裁のために奔走するクーパー家の人々を中心に物語は展開していく。ここには、すでに崩壊しつつも家族であり続けようとする、昨今のアメリカの家族像が伺える。

      

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