『いつ恋』音はなぜドラマ名を口に?  脚本家・坂元裕二が描く「リアリズム」と「ドラマの嘘」

 『いつ恋』の介護施設の描写に対し「日本介護福祉士会」から、施設内の過酷な描写について「配慮を求める」という意見書が寄せられた。坂元裕二のドラマにおける辛辣な描写は基本的には現実にあったニュース等を下敷きにしたもので似たような事例があることは少し調べれば誰でもわかることだ。しかし、たとえ事実でも、悲惨な事例だけ抜き出して並べれば、露悪的に戯画化されたものとなってしまう。『モザイクジャパン』以降の作品の評価が別れるのは、この露悪的な戯画化と、時にご都合主義と言われかねないような物語上の飛躍が多いからだろう。『いつ恋』もそれは同様で、「リアリズム」と「ドラマの嘘」の危ういバランスが、本作にスリリングな緊張感を与えている。
 
 再び登場した練はスーツに身を包み、晴太といっしょに危ない仕事をしているようだ。人身事故で電車が止まったことに「チッ」と舌打ちした後で、タクシーに乗る姿は、かつての練とは真逆の姿だ。練の変貌は、空白の五年間がいかに地獄であったのかを、容易に想像させる。

 3.11の渦中を本作が描かなかったのは、『いつ恋』が、震災という大状況を描くドラマではなく、練たち個人に寄り添ったドラマだからだろう。だが同時に、震災以前と以降を切断することで、音にとって練と出会えた「二度と戻らない時間」が、そのまま震災以前と重ねられている。

 第一章として描かれた第五話までが、タイトルのような「かけがえのない時間」の美しさを描いていたのだとしたら、2016年現在の物語はどのようなものへと変わっていくのだろうか。物語はまだまだ折り返し地点だ。

参考1:『いつ恋』第一話で“男女の機微”はどう描かれた? 脚本家・坂元裕二の作家性に迫る
参考2:『いつ恋』第二話レビュー “街の風景”と“若者の現実”が描かれた意図は何か
参考3:『いつ恋』第三話レビュー 先が予想できない“三角関係”をどう描いたか?
参考4:東京はもう“夢のある街”じゃない? 『いつ恋』登場人物たちのリアリティ

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■ドラマ情報
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』
2016年1月18日(月) 21:00~放送開始
出演者:有村架純、高良健吾、高畑充希、西島隆弘、森川葵、坂口健太郎
脚本:坂元裕二
プロデュース:村瀬健
演出:並木道子
制作:フジテレビドラマ制作センター
公式サイト:http://www.fujitv.co.jp/itsu_koi/index.html

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