シネマヴェーラ渋谷館主・内藤篤氏インタビュー
「映画には過去も現在もない」シネマヴェーラ渋谷館主が明かす、名画座経営10年の信念
「35ミリの旧作上映というビジネスは、いよいよカウントダウンに入った」
――本書は、2006年の開館から約3年間の日誌と、2014年の4月から2015年の5月までの日誌の二部構成になっています。その空白の5年のあいだに、名画座をめぐる状況も内藤さん自身の考え方も、いろいろと変化したのではないですか?
内藤:そうですね。自分で読み返してみて、面白いか面白くないかっていう意味では、やっぱり初期のほうが断然面白いですよね。こんな綱渡りみたいなことをやっていたのかっていう(笑)。
――ただ、最近のものは、それと少しトーンが違いますね。
内藤:そうですね。始めた頃は、多少失敗しつつも、この道はいつまでも続いている道なんだ、10年経っても20年経っても、細々とならやっていけるだろうと思っていたんですけど、やっぱりこの先、何年も続けられないかもしれないという思いが、最近はヒリヒリくるようになって……。
――何かそう思わざるを得ない出来事があったのですか?
内藤:いちばん大きな転機は、やっぱり2012年でしょうね。ウチの35ミリの映写機を作っていた会社(※日本電子光学工業/日本におけるフィルム映写機製造の最大手だった)が、いきなり倒産したんです。で、偶然というか必然というべきか、それと時を同じくして、日本中の35ミリの映写機が、いっせいにDCP(※デジタルシネマ・パッケージ/フィルムの映写機ではなく、デジタルデータをDCP用プロジェクターでスクリーンに映写する方式)に転換したんです。ちょうど、そういうタイミングだったのですね。そのときに、僕らがやっているような35ミリの旧作上映というビジネスは、いよいよカウントダウンに入ったなっていう感じがありました。
――なるほど。
内藤:その時点では、大手の映画配給会社の人たちも、「35ミリをやめることは、今のところ考えていない」という話だったんですけど、やっぱり向こうも商売ですからね。我々のような35ミリの映写機を持っている数少ない劇場のために、いつまでそのカタログを維持してくれるのかっていうのは、もう彼らの胸先三寸なわけですよ。
――そのあたりから、よりいっそう危機感が増したと。
内藤:そうですね。ただ、もし名画座がなくなったら、映画館で旧い映画を観るというのは、本当に限られたものしかなくなってしまうわけです。たとえば、デジタル修復した小津安二郎の『東京物語』とか。それこそ、先日ウチでやった「橋本忍特集」(※伊丹万作から脚本指導を受けた唯一の弟子であり、黒澤組のひとりとして傑作群を送り出した脚本家・映画監督、橋本忍を特集した企画)のように、名前は聞いたことあるけど、ほとんど観たことがないようなものは、フィルムセンター(※日本で唯一の国立映画機関。フィルムの収集と保存、上映、貸出などを行っている)で、たまたま上映されたら、観られるかもしれないけど、ごく限られた人しか観られないっていう状況です。やっぱりそれは、「おかしいでしょ?」っていうふうに思うんです。
「必ずしもフィルムにこだわる必然性はないように思う」
――とはいえ、そこで内藤さんは、「35ミリフィルムを守ろう」と訴えるような感じではないですよね?
内藤:僕の場合は、フィルムでなくても観られるなら、別にそれでもいいですっていう考え方なんです。2012年のときは大騒ぎしたけど、フィルムじゃなくて、たとえばテレビ用の素材、あるいはDVD、Blu-ray化した素材で上映ができるなら。でも現状では、映連加盟の配給会社(※日本映画製作者連盟/松竹、東宝、東映、KADOKAWAの4社が加盟している)さんは、映画館での上映を、フィルム以外は認めてないんですよ。
――そうなんですか?
内藤:映連に加盟していない日活さんの作品は、DVDの上映ができるんですけど。だから、「35ミリを廃棄します」という決断をした場合、そこのポリシーが変わることを期待しているんですけどね。35ミリでやれないなら、他の素材でやらせてください、と。そうじゃないと、もう商売ができないんですっていう問題なので。
――内藤さんとしては、フィルム以外の方式で上映できるなら、それで構わないと。
内藤:はっきり言って、汚い35ミリフィルムより、Blu-rayのほうが、遥かにきれいですから。まあ、フィルムに関しては、作っている人と単に観ている人では、そのへんの受け取り方が違うような気がするんですよね。もちろん、作り手の人のこだわりは分かるんですけど、その微妙な違いが分かるプロの観客ならいざ知らず、素人からすると、その違いは分からない。特に、最近の若い人なんて、一度もフィルムで観たことがないっていう人も、たぶん大勢いるでしょうから。
――今のロードショー館は、ほぼすべてDCP上映ですからね。
内藤:僕自身、フィルムとDCPの違いって、観ていてよく分からないですから(笑)。そういうことも含めて、あんまりこだわりはないんですよね。昔の名画座だって、別にこだわってフィルムで上映していたわけじゃなくて、それしかなかったからそうしていたわけで。そこでもし、フィルム以外のものがかけられるなら、もっと選択肢は広がるだろうし、それで画質もきれいになるのであれば、必ずしもフィルムにこだわらなきゃいけない必然性もないと思うんです。
――そういうなかで、シネマヴェーラは、これまでのような独自のプログラムを組んでゆくと。
内藤:まあ、そのへんは微妙なところなんですけどね。分かりやすい監督特集みたいなものを、むしろやっていきたい気持ちもあるんですけど、結局そういうものって、他の劇場もみんな狙うから、ウロウロしているうちに先にやられちゃって、しょうがないからウチはそうではない“絡め手”でいくという(笑)。「成瀬巳喜男特集」とか、もう何度もやりたいと思っているんですけど、「そろそろ、やりたいね」って言ってると、必ずどっかの劇場でやられてしまうんですよ。
――数が少なくなっているとはいえ、名画座同士で作品の取り合いみたいなものもあるんですね。
内藤:いわゆる“二番館”ではない“名画座”だと、ウチ以外にも、神保町シネマがあって、ラピュタ阿佐ヶ谷があって、新文芸坐があって……。だから東京は、世界でも異常なほどに、名画座同士の競争が激しいんですよ。旧作しかやらない劇場なんて、今や世界でもほとんどないですから。東京っていうのは、たぶん世界のどこにもない、奇妙な映画都市なんだと思います。