チェス映画は刺激的なものになり得るか? 壮絶な頭脳戦を描く『完全なるチェックメイト』の挑戦

『完全なるチェックメイト』巧みな映画術

 なぜこれまでボビー・フィッシャーを真っ向から描き出した映画がなかったのだろうか。いや、日本に上陸していないだけで、実際にはダミアン・チャパが監督主演を務めた劇映画も、ドキュメンタリー映画も存在している。とはいえ、どちらもフィッシャーの死後に制作されていることを考えると、やはり彼のアメリカ国内での位置付けは、決して「英雄」と胸を張って言えるものではないのだと痛感する。冷戦時代のアメリカの英雄譚として語られる、スパスキーとの世界選手権があるとはいえ、その20年後のスパスキーとのユーゴラスラビアでの再戦は、ボスニア問題の最中に行われたこともあり、やはり手放しに歓迎できないのだろう。

 それゆえ、1972年の世界選手権にフォーカスを置いた『完全なるチェックメイト』は、幼少期からのボビー・フィッシャーとチェスとの関わり合いを、決して英雄の逸話でも伝記映画でも歴史劇でもなく、ましてや原題の〝Pawn Sacrifice〟(=ポーンの犠牲)として表現されるような、冷戦時代の米ソ対立に託けられた手駒の一つに過ぎないという政治的策略さえも上回るほどのドラマとして描いている。ひとりの青年が、自分の勝負できる唯一のものを見つけ出し、それで強大な敵を打ち砕くという、まさにアメリカンドリームそのものだ。そこに、エドワード・ズウィックの「映画の見せ方の巧さ」を感じることができる。

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(C) 2014 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo
Credit: Tony Rivetti Jr.

 エドワード・ズウィックという作家は、多作ではないにしろ常に堅実な作品を送り出している。日本で公開された実写洋画で歴代5位の興行収入を記録している『ラスト・サムライ』という代表作がありながら、彼の名前を認識している人は決して多くないだろう。その上にいる4作はジェームズ・キャメロンとハリー・ポッターなのだから、あまりにも不遇に思えるのだが、それ以後の作品が『ディファイアンス』や『ラブ&ドラッグ』では、まあ納得できなくもない。

 それでも、先日日本で公開された『PAN 〜ネバーランド、夢のはじまり〜』で、ジョー・ライトがデジタル撮影に移行してしまった今、ズウィックはフィルムにこだわり続けるハリウッドの映画作家の数少ない内の一人である。本作では35mmフィルムだけでなく、16mmフィルムを併用し、当時のニュース映像などのリアリティを追求している。もちろんフィルム撮影を選択することによって、こだわり抜かれた美術や衣装の質感に、彼の作品らしい硬派さが浮き彫りになっている。

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(C) 2014 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo
Credit: Tony Rivetti Jr.

 ズウィックらしさはこればかりではない。クライマックスで訪れる壮絶な頭脳戦は、ジェームズ・ニュートン・ハワードの劇伴が加わることによって、程よい緊張感が維持される。これは映画の描き方を熟知していなければ、不要に静寂を求めて、観客に疎外感を抱かせてしまいかねない恐ろしい場面だ。職人監督のアイデアとこだわりが重なり合うことで、映画と観客とチェスという三者の距離を確実に縮めることに成功した一連のゲームシーンは、チェス映画の歴史を大きく動かしたのである。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

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◼︎ 公開情報
『完全なるチェックメイト』
12月25日(金)TOHOシネマズ シャンテ 他 全国順次ロードショー
監督:エドワード・ズウィック
脚本:スティーヴン・ナイト、ステファン・J・リブル、クリストファー・ウィルキンソン
出演:トビー・マグワイア、ピーター・サースガード、リーヴ・シュレイバー
配給:ギャガ
(C) 2014 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo
Credit: Tony Rivetti Jr.
参考:公式サイト

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