『映画 ハイ☆スピード!』はなぜ“前日談”を描いたのか 京都アニメーションの大胆な挑戦

 

 そして何と言っても、このアニメの見どころとなるのはクライマックスで登場するメドレーリレーのシークエンスであり、それを含めた一連のプールでのシーンである。綿密に計算された水の波紋の美しさや、実際の水泳の大会では見ることのできない、泳者に迫ったアングルは、アニメーションでしか実現できない可能性を感じることができる。また、2期のときには頻繁に泳者の主観による幻影のヴィジョンが描き出され、いかにもドラマチックな演出がなされていた。それももちろん悪い描き方ではないが、映画版では1期のときの競泳シーンを彷彿とさせる、あっという間に泳ぎ終わる、現実的な時間描写が、学生時代特有の刹那性を忠実に切り取っているのである。

 また、メインプロットとして描かれる、主人公・遙と真琴の物語は、2期で将来への展望に悩む彼らの姿に繋がるものがある一方で、サブプロットとして描かれる、郁弥と夏也の兄弟の物語や、病と向き合う旭や尚の物語は、テレビシリーズでは描ききれなかった重みを備えており、劇場版としての規模に華を添えているのである。深夜アニメの劇場版となると、本当に映画というフィールドで扱うべき題材かと疑問を感じてしまうものが少なからずある中で、続編ではなく前日談を選択し、かつ原作をアニメ化するという選択に挑んだ本作は、京都アニメーションの素晴らしい技術力も相まって、まさに映画館で観るに相応しい作品に仕上がっているのだ。

 

 京都アニメーションは今年の春に総集編と新編の前後編構成で発表した『劇場版 境界の彼方 –I’LL BE HERE-』に続いて、これが今年3本目の映画作品であり、通算では8作目の映画となるわけだ。そのどれもが映画館のスクリーンという大画面に耐えうる安定したクオリティを誇り、中でも昨年公開した『たまこラブストーリー』のような歴史的な名作アニメを作り出した実績があるだけに、来年4月に公開が決まった『劇場版 響け!ユーフォニアム 〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜』や、大今良時の人気漫画『聲の形』への期待も高まり続ける。この勢いに乗せて、そろそろ『氷菓』の劇場版が制作されることを願いたい、と思うばかりである。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『映画 ハイ☆スピード! -Free! Starting Days-』
12月5日(土)全国ロードショー
キャスト:七瀬遙役/島﨑信長  橘真琴役/鈴木達央
原作:「ハイ☆スピード!」おおじ こうじ(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
アニメーション制作:京都アニメーション  
製作:ハイスピード製作委員会  
配給:松竹
(C)2015 おおじこうじ・京都アニメーション/ハイスピード製作委員会
公式サイト:http://movie-highspeed.com/

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