「読書」は一夜にして世界を変えるーー『リトルプリンス 星の王子さまと私』のメッセージ

「読書」は、一夜にして世界を変える

 「星の王子さま」の原作は、児童文学としてはショッキングな結末が用意されている。女の子は、そのさびしい結末を知ると、「なんてくだらないお話なの!」と憤り反発する。孤独のなかにいた彼女は、その厳しさに耐えられなかったのだ。 これが、かつてのディズニー映画が作品化するようなおとぎ話であるなら、「王子さまとバラは、いつまでも幸せに暮らしました…エヴァー・アフター(そして、永遠に…)」と、締めくくられるだろう。 彼女は、いつか父親が帰ってくることを密かに願っていたかもしれない。そして、おじいさんと一緒にいつまでも楽しく遊んでいたかったはずだ。しかし、現実はなかなかそうはいかない。

 原作では序文で、「レオン・ヴェルトに」と、ある個人にこの作品が捧げられている。彼はサン=テグジュペリの友人で、出版当時、ナチスの迫害から逃れ、フランス東部の寒村へ隠れ住んでいた。文中でサン=テグジュペリは、「本当だったら、ぼくはこの話をおとぎ話のように始めたかった」そして、「ぼくは、この本をいい加減に読んで欲しくない」とも書いている。「星の王子さま」は、苦難の底にいる人へのなぐさめの物語でもあったのだ。

 難解な映画がそうであるように、優れた文学作品を読んだとき、作品の深さをすぐには理解できないことは多い。だがある日、何かのきっかけで、突然それを理解するということがある。女の子が生まれて初めて、人の生死という、どうにもならない現実に向き合ったとき、「星の王子さま」という物語は、はじめて彼女のなぐさめとなる。くだらないと思っていた物語が、切実で苦いものであるからこそ、彼女の精神を救い出すことができたのだ。読書は、読む者の個人的な世界を、そして人生の意味を、一夜で変えてしまう可能性を持っている。

 本作で描かれたオリジナル・ストーリーにおいて、女の子が読み取り、彼女の現実の反映によって再構築された展開や結末は、原作の無数にあるひとつの解釈を広げたものに過ぎない。しかし、「星の王子さま」の読者である女の子が、そして本作のつくり手が、自分の力で考え抜くことでつかみ取った、紛れもないひとつの真実である。『リトルプリンス 星の王子さまと私』は、文学の楽しさや、読書が世界を変えられるということを、真摯に描ききった映画である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『リトルプリンス 星の王子さまと私』
公開中
監督:マーク・オズボーン
キャラクターデザイン:ピーター・デ・セブ
キャラクター監修:四角英孝
音楽:ハンス・ジマー
キャスト(英語版):ジェフ・ブリッジス、マッケンジー・フォイ、レイチェル・マクアダムス、ジェームズ・フランコ、ベニチオ・デル・トロ、マリオン・コティヤール
(日本語版)鈴木梨央、瀬戸朝香、伊勢谷友介、滝川クリステル、竹野内豊、ビビる大木、津川雅彦 ほか
日本語吹替版主題歌:「気づかず過ぎた初恋」松任谷由実
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:www.littleprince.jp
(c)2015 LPPTV - LITTLE PRINCESS - ON ENT - ORANGE STUDIO - M6 FILMS - LUCKY RED

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