『テニミュ』など"2.5次元カルチャー"人気の理由は? メディア文化論から分析

根底にあるのは「リアリティの拡張現実性」

 さらに、ここで「2.5次元」というキーワードが意味する構造自体がかかえている特徴のほうにも少し目を向けてみます。

 2.5次元ミュージカルのもつ「2.5次元性」をめぐっては、2.5次元ミュージカルのブームと同時期に社会的に脚光を浴びた「拡張現実Augmented Reality」(AR)との構造的な類似が思いあたります。

 拡張現実とは、コンピュータや情報技術によって、通常知覚する現実空間に仮想的な不可データ(エアタグ)や環境情報をレイヤー状に重ねあわせるテクノロジーのこと。スマートフォンのGPSや、モーションセンサーを利用した現実風景へのエアタグの表示機能などが知られています。

 拡張現実技術が一般化したのは、これも2.5次元文化と同じ2000年代の後半でした。そして、この技術が同時期の文化批評の文脈からも注目されたのは、デジタル/情報環境の社会的拡大やポップカルチャーをつうじたいわゆる「まんが・アニメ的リアリズム」(大塚英志)などの浸透によって、現代人の感じるリアリティの質がレイヤー化しており、拡張現実はまさにそれを技術的に実装しているように見えるという問題意識があったからです。そうした文脈から近年のオタク文化における「聖地巡礼」などの新たな動向が分析されています。

 以上のような現代の「リアリティの拡張現実性」が、文字通り2.5次元ミュージカルの鑑賞経験の根底にもあるのは明らかでしょう。コンテンツ・ツーリズムとしての聖地巡礼が、アニメ作画(2次元)的リアリティと現実の観光(3次元)的リアリティのあわいに派生する固有の感覚を堪能する行為ならば、それはほぼそのまま2.5次元ミュージカルを鑑賞する観客のそれにも通底しているだろうと考えられます。

 これに加えて興味深いのは、2.5次元ミュージカルのもつ「拡張現実性」が、そうした少し抽象的な要素のみならず、演出上の具体的な構成要素によっても確かめられる点です。

 これもすでによく知られるように、2.5次元ミュージカルの舞台空間は、総じてセットなどの舞台装置が通常の舞台と比較してもかなり簡素に作られています。たとえば、今年の『テニミュ』3rdシーズン「青学vs不動峰」でも、舞台の床にはコートを模した大きな緑の三角形のマットが敷かれただけで、舞台上方奥にはこれもテニスコートの網を模した白い三角形のセットだけが吊るされていました。

 また、そのかわりとして、とくに近年の『テニミュ』などでは見せ場の試合シーンで高度な技術によるプロジェクション・マッピングやSEが効果的に用いられます。たとえば、『テニミュ』の試合シーンでは、いうまでもなく演劇という形式上、実際のテニスボールを舞台上で打ちあうことは不可能なために、俳優たちはラケットを振って打ちあう身振りをします。すると、かれらの動きにあわせて絶妙のタイミングでスタッフが映像による球と打球音を劇空間に挿入するのです。

 ここで俳優たちの現実の身体と映像のテニスボールは次元を超えて、等しい立場でシンクロします。つまり、『テニミュ』においては、「漫画」と「演劇」という意味での「2.5次元性」=「拡張現実性」ととともに、より具体的な、「映像とサウンド」と「現実の演技」という意味でのそれも含まれているのだといえましょう。

 しかも重要なのは、最近のデジタル技術の発達によって、「映像のテニスボール」のような、舞台の構成要素としての「モノ」が、ある側面で人間の役者の道具以上の存在に、いわばかれらと同等の関係性を取り結んでいるように見える点です。最後に短く述べると、これもまた、2.5次元文化が台頭しはじめた2000年代後半あたりから英米圏を中心に注目されている「オブジェクト指向存在論Object-Oriented Ontology」(以下、OOO)という新たな哲学的議論があります。アートや建築などの表現分野からも熱い視線を浴びているこの立場では、「モノの民主化」などといって、これまでの人間を中心とした哲学の埒外にあったモノたちを人間とともに中心に据えた捉え方を目指しています。このOOOの枠組みもまた、それがデジタルメディアの進化とも密接に関連しているように、おそらく2.5次元独特の舞台演出とも無関係ではないでしょう。

 ......ともあれ、今後もとうぶんは続くだろう2.5次元カルチャーのヒットの構造には、こうしたいくつもの興味深い背景が相互に絡まりあっているように思えます。その意味で、この盛りあがりは、2010年代という時代を考えるときにとても示唆的なのです。

■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部助教。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter

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