「神社仏閣抜きに城は語れない」『日本城郭史』中澤克昭が文献・絵画史料から紐解く「城郭観」の変遷

 日本人にとって城とは何か。『日本城郭史』(ちくま新書)の著者・中澤克昭が、古代の城柵から近世の城に至るまでの歴史を紐解く。従来の「もの」中心の研究に対し、文献や絵画史料から思考様式・城郭観といった「こと」を探る本書の魅力、空白期とされた時代の真実、寺院の城郭史など、先入観を覆す新たな城の通史について聞いた。(編集部)

文献と絵画から迫る、誰も書かなかった「お城の通史」

中澤克昭氏

――中澤先生のご専門と、本書『日本城郭史』の執筆動機から教えていただけますか?

中澤克昭(以下、中澤):私の専門は日本中世史で、中世の社会史や文化史を研究しています。その中でも、武士をはじめとする「武力」の在り方について関心があって、いろいろな切り口から探っています。城郭の研究もその一環で、「城郭を構える」という行為を、武力の発動のされ方として研究してきました。

 「お城」というと、みなさんは戦国時代とか江戸時代の城をイメージされますよね。そういった今も建物や石垣がのこっている城を扱った本は、世の中に本当にたくさんあって……。

――お城ガイド的なものから本格的な解説書に至るまで、城関係の本は本当にたくさんありますよね。

中澤:最近は、天守閣のような建物が無い、山のなかにひっそりと跡がのこっているようなお城もちょっとしたブームになっているのか、読み切れないぐらいの本が出版されていますよね。ただ、それよりも古い時代の城――古代とか中世前半の城を扱った本って、少ないように思うんです。そもそも、平安時代や鎌倉時代といった古い時代の城郭に関する研究は少なく、ましてやその概要をわかりやすく説明した本もないので、その時代のことも含めて、城の「通史」を書けないだろうか、というのが本書を執筆しようと思った動機のひとつです。

 もうひとつは、城に関する本を書かれている方の多くは、考古学だったり建築史だったりがご専門なんですよね。つまり、「もの」を対象とする研究をされている方がほとんどです。ただ、私自身は、古文書などの文献とか絵画を史料として研究をしているので、そういう方法で城に関する本を書けないだろうか、というのも執筆動機のひとつとしてありました。実際、歴史の研究のかなりの部分を占めているのは、文献史料をもとにして、「こと」を探る研究です。

――たしかに。「歴史学」と言って、一般的にイメージするのは、むしろそっちですよね……。

中澤:そうなんです。ですから、「もの」ではなく「こと」から、城を考えてみたかった。たとえば、平安時代、鎌倉時代の文献史料で城郭のことを調べてみると、「城に籠る」といった表現がよく出てくるのですが、「城を構える」という表現もたくさん出てくるんです。「構える」と表現されているということは、それ以前は城が無かった……つまり、日常的には城が無い状態だったんですよね。そんな観点から、当時の史料を読んでみると、鎌倉時代の人々がイメージする城と、今の我々がイメージする城は、どうも相当違うのではないだろうかということに気づいたんです。その違いが面白く、そして実はとても重要なのではないかと思って探り始めました。

絵画史料が解き明かす当時の「城郭観」

中澤克昭『日本城郭史』(ちくま新書)

――「古代から近世までの城郭観を探る」というのが、本書の特徴のひとつですが、「城郭観」というのは、なかなか面白い観点ですよね。

中澤:そうですね。同じものでも、それぞれの時代でイメージが違うことって、結構ありますよね。にもかかわらず、城については、今まであまりそういうことを問題にしてこなかったと思うんです。研究者の間でもそうした問題はほとんど議論されていないので、そこを何とかしたい。議論したいと思い、本書を書いたようなところもあります。

――当時の人々の「城郭観」を文献史料と絵画史料を手掛かりに探っていく……とりわけ、絵巻など絵画史料を扱っているところが、非常に面白いと思いました。

中澤:絵画史料の重要性に関しては、歴史学の世界では、だいぶ前から共通認識になっていたと思います。1980年代ぐらいから、それまで問題にされなかった社会の細部も研究しよう、そのためにはこれまで使わなかった史料を積極的に使っていこうという機運が高まり、のちに「社会史ブーム」と呼ばれるようになりました。

――歴史学者・網野善彦さんが、ある種のスターとなっていた頃ですか?

中澤:そうです。まさしく網野さんがいちばん活躍されていた時期で、私はその頃に勉強を始めたということもあり、城郭の研究でも、絵画史料を扱うのは、当然なこととして捉えています。当時の絵画史料みたいなものって、みなさん、教科書などできっと見たことがあると思うのですが、「挿絵」程度の使われ方がほとんどで、城が描かれた絵画を史料として分析しようとか、歴史の中でちゃんと位置づけようという研究は、本当に少なかったんですよね。

――そうなんですね。

中澤:絵としては残っているんだけど、誰がどういう理由で描いたのか、どこまで写実的に描かれているのか、よくわからないものも多い。そうすると、史料として使うのがむずかしいということになるんですが、実はそうしたことって文献史料にもあることなんです。絵だからこそ、当時の人々のイメージが表現されている、より一層反映されているとも考えられる。ですから、当時の「城郭観」を探るためには、むしろうってつけの史料であるとも言えると思うんです。

――「古代から中世」という章は2つに分けられていて、かなりの紙面が割かれています。やはり、ここをていねいに読み解いていくことが重要であると考えられたのでしょうか?

中澤:そうですね。そのあたりのことは、従来の城郭史の研究でも、いちばん手薄なところなんです。そもそも「もの」としての城がほとんど無い時代なので、説明しようと思っても、なかなか難しいところがあって、「断絶」や「空白」とされている。だからといって、古代と中世のあいだに何のつながりもないのかというと、そんなことはありません。続いている部分もあれば、変化しているところもある。「もの」が無い「こと」を説明できるのは、やはり文献、絵画史料ということになるので、そこはかなりていねいに読み解いていったつもりです。

――本書にもありましたが、「古代と中世のあいだの断絶」みたいなことは、歴史学の中では一般的に言われていることなのでしょうか?

中澤:城に限らず、「古代」と「中世」という時代区分がされていることには、やはりいろいろな理由があります。

 さまざまな事象について、断絶や変化みたいなことが言われているのですが、城の場合は特に、東北地方の「多賀城」のような「城柵(じょうさく)」と呼ばれるものが、9世紀ぐらいまであったのですが、それ以降は、城らしきものを探しても、あまり見当たらない。その後、12世紀ぐらいになってから現れる、いわゆる「武士の館」のようなものを一種の城として捉えるというのが、高校の教科書などにも書かれていることなのですが、それだとそのあいだの200年ぐらいは、何も無いということになってしまいますよね。もちろん、そのあいだには、11世紀の東北地方で戦乱があって――「前九年合戦」とか「後三年合戦」のときは、それぞれの勢力が城を構えて戦っていたのですが、その頃の関東から西の地域についてはあまりよくわかってないんです。

 最近の発掘調査などでわかっている部分については、本書の中でもある程度触れましたが、いずれにせよ東北地方の話であって、11世紀の関東から西のほうがどうだったのかというのは、ほとんどわからない。ですから、そこは「空白」とか「断絶」といった感じで、これまでは捉えられてきたのだと思います。

 しかし、城郭観という「こと」を探ってみると、古代から中世まで連続してとらえられる。本書では、それを描き出したつもりです。

「忌避すべき対象」から「公的拠点」へ

――ただ、そういう中で「もう一つの城郭観」が生まれてきたのではないかというのが、本書のポイントのひとつになっていますよね。具体的には、「城郭を不穏なもので、退治(破却)すべきであるとみる城郭観」に加えて、14世紀ごろから「城郭を地域の平和・秩序維持のために構築された、公的な拠点とみる城郭観」が見られるようになったという……。

中澤:それを端的に示しているのは、「御城(おしろ)」という、「城」に「御」をつけた言葉が、その頃から珍しくなくなることだと思うんです。それ以前の史料で「御城」と書いているものは見たことがないので、その頃――14世紀ごろから、新しい「城」のイメージがあらわれてきたのではないかと考えられます。そして15世紀、16世紀と戦国時代に向かうにつれて、城そのものの数が急激に増えていく。それが信長・秀吉の時代を経て、江戸時代の一国一城の世の中になり、果ては今の我々が持っている一般的な城のイメージに連続していくのではないだろうか……。そのように考えることができるとすると、現在まで連続する城のイメージが表れてくるのが、14〜15世紀なのだと言えると思います。

――なるほど。あと、面白いと思ったのは、いわゆる「寺院の城」にも触れられていることでした。武士だけが城を構えていたわけではなく、延暦寺や興福寺、さらには本願寺のような寺社勢力も防御施設を構えていたわけですし。

中澤:それもこの本の中で、必ず書きたいと思っていたことのひとつでした。一般の方々に寺院の城のイメージは、ほとんどないですよね。城郭について、かなり専門的な研究をされている方がお書きになっている本でも、寺院の城郭については、あまり触れていなかったりする。けれど、寺院の城郭が、12世紀ごろから16世紀ごろまで、500年近くも延々と存在し続けていたことは事実です。それはちょうど中世にあたる時期で、中世は「武士の時代」だとされていますが、城から見ると、「寺院の時代」だったとも言えるんです。

 「もの」も、そのことを示しています。「石垣」というのは、武士よりも前に、寺院が使い始めたんです。建築技術の問題もそうですよね。そういう意味で、お寺抜きでは、その後のお城のことも考えられないぐらい、やはり重要なものだと思っています。

――我々がイメージするような近世城郭は、間違いなく神社仏閣の建築様式の影響を受けていますよね。

中澤:そうなんです。そこには、明らかな影響関係があります。いわゆる「天守閣」は信長のもとでつくり出されましたが、そのようなものが、そのとき突然出てきたのではなく、技術にしてもデザインにしても、そこには間違いなく神社仏閣の影響があります。

なぜ日本人は「お城」に惹かれるのか

――本書を通じて、いちばん伝えたいことはなんでしょうか。

中澤:お城というのは、「もの」として在るだけではなく、それぞれの時代でさまざまな機能を持っていて、それに対する「見方」やイメージも、時代によって違います。つまり、時代時代のお城をめぐる「こと」ですよね。それを構える「こと」の意味や、それが忌避される「こと」の意味。それについても、こんな面白い歴史があるんだということを、本書で知っていただければ幸いです。

――なぜ、城に惹かれるのか、そこにどんな魅力を感じているのかについて、考えることにもつながっていきますね。

中澤:そうですね。そういった「イメージの変遷」みたいなものに関しては、武士の研究のほうで実はかなりなされています。『平家物語』とか『太平記』のような軍記物を研究されている文学研究者の、武士のイメージの変遷を考える研究にも鋭いものがあります。平安時代の終わりごろ、武士が誕生したときというのは、身分も低くて、貴族たちから蔑まれ、百姓たちからは嫌われていました。にもかかわらず、武士はやがて役人となり、徐々に権力を手にするようになって、政治的にもどんどん力が大きくなっていく。それに伴う武士の「見られ方」の変遷みたいなことを研究されている方は結構いらっしゃるのですが、それと非常に関わってくるはずのお城に関して、そういったイメージの変遷を論じられている方は、ほとんどいないんです。

 江戸時代の日本は、役人のほとんどが武士、すなわち戦士身分で、その頂点に君臨している将軍、つまり武人が事実上の王であるという、世界でもめずらしい国でした。ですから、彼らの城は、単なる軍事施設ではなく、王宮でもあり、行政の中枢でもあり、文化・芸術のセンターでもありました。天守は、この体制のシンボルタワーです。「見せる」ことを強く意識したお城というものが、たしかに立派なものとして、人々から仰ぎ見られるようになっていくことになります。

――ただ、そこで不思議なのは、庶民たちの「城郭観」ですよね。武士でないにもかかわらず、なんとなくの愛着や誇りを持っていくようになるという。

中澤:日本の都市の多くが城下町だったということが大きいと思います。城下の住民が毎日、城を眺めて生きていたというだけではなく、一国一城ですから、城下町は地域の中心地で、城はその地域のランドマークのようになった。もちろん、ヨーロッパなどでも城をもつ町、あるいは城壁に囲まれた町というのはあるのですが、その中心は教会であることが多いですね。

 そしてもう一つ、明治政府は武士たちが作りましたよね。彼らが主体となって、欧米列強に追いつき、追いこそうとする。そのなかで、「日本は武士の国だ」というイメージを増幅していったようなところがあるんです。江戸時代の人口の80%以上は「百姓」身分だったわけですが、この国は武士の国だということを対外的にもアピールしていった。そういった言説は、むしろ明治、大正、昭和を通じて強まっていったようなところがあると思います。それが、いわば逆輸入的に、多くの日本人に影響を与えているのではないでしょうか。

――たしかに、外国の人から「サムライの国」みたいな見られ方をされているのは、よくよく考えたら不思議な話ですよね。実際は、農民のほうが、遥かに多かったはずなのに。

中澤:そうなんです。我々のほとんどは「百姓」の子孫のはずなのに、なぜか「サムライの国」と言われている(笑)。それはやはり、近代になってから、そういったイメージを、どんどん強めていった結果なのだろうと思います。そうしたイメージと、「サムライ」のシンボルとしてのお城が結びついていることも、現代の城郭観を考えるカギになりそうです。

――本書をどんな方々に読んでもらいたいですか?

中澤:やはり、新書という手にとっていただきやすい形ですし、お城に興味関心をお持ちの方に、広く読んでいただきたいです。お城に興味を持ち始めたばかりで、これからもっと詳しく知りたいという方でも、タイトルどおり日本の城郭の歴史の流れをご理解いただけると思いますし、すでにお城についてかなり勉強されている方にも、これまでとはちょっと違う見方の本として楽しんでいただけるのではないかと。

 お城というのは、特定の武将だけがもっていたわけではありません。寺院の城はもちろん、百姓たちが城を構えていたり、町や村が武装していたこともあった。そのように、城の歴史というのは、実はとても多面的で豊かで、いろいろな見方が可能なんです。歴史に名を残さなかった人たちが、どうやって生きていたのかを知ることでもあります。現代人とのギャップの大きさを感じられるかもしれないし、ちょっと似た一面を見出されるかもしれない。本書を読んで、単に戦いだけではない、人と城のさまざまな関係に想像をめぐらせてもらえたらいいなと思います。

■書誌情報
『日本城郭史』
著者:中澤克昭
価格:1,320円
発売日:2026年9月10日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくま新書

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