『鉄コン筋クリート』の映画化は原作1話掲載時に決定していた? STUDIO4℃ 田中栄子Pが語った制作の舞台裏

 『鉄コン筋クリート』『ピンポン』といった作品で世界中にファンを持つ漫画家の松本大洋。10月にはシリル・ペドロサとの合作になる『南蛮人』(小学館)の刊行も控え注目が集まっている。そんな松本の独特すぎる表現に、アニメーションで挑んだのがマイケル・アリアス監督の映画『鉄コン筋クリート』(2006年)だ。キャラクターから背景美術からストーリーからすべてがハイクオリティな映画がどのように生まれたのかを、「ひろしまアニメーションシーズン2026」での上映に合わせ、制作したSTUDIO4℃の田中栄子プロデューサーが明かした。

「ひろしまアニメーションシーズン2026」の『鉄コン筋クリート』上映後のゲストトーク

 「週刊漫画雑誌に連載された第1話を見た瞬間に、『これはうちが作るね』ってスタッフと話して、そこからいつ作るのか、どう作るのかというところを探していました」。映画『鉄コン筋クリート』の田中栄子プロデューサーによるこの言葉から分かるのは、漫画『鉄コン筋クリート』が1993年の連載開始時からすでに、その独自の表現で多くのクリエイターたちの目を引いていたということだ。

 「逆に言うと、STUDIO4℃でしか作れないだろうという自負がありました」。暴力的で殺人も厭わない残酷なシーンも描かれている漫画を、TVシリーズや映画といった商業作品を手がけているアニメーション制作会社が果たして作れるのかということ。この点で、当時のSTUDIO4℃は、会社というより映像制作集団で、『MEMORIES』(1995年)の中の「彼女の思いで」や『音響生命体ノイズマン』(1997年)で注目を集める森本晃司監督らが所属していた。『鉄コン筋クリート』のように、内容も絵柄もエッジの立った漫画をアニメーションにできるのは、自分たちしかいないと思ったのも自然だ。

 ただ、実現までには時間がかかった。1999年に森本が、3DCGの映像制作に取り組むトリロジーでパイロット版の『鉄コン筋クリート』を監督し、第3回文化庁メディア芸術祭のデジタルアート(ノンインタラクティブ)部門優秀賞を受賞する進展はあった。そのまま映画になることはなく、パイロット版でCG監督を務めたマイケル・アリアスを迎え、STUDIO4℃でアニメーション映画化に取り組むことになり、ようやく2006年に公開へとこぎ着けた。

 この頃にはもう、『鉄コン筋クリート』は松本大洋の代表作として人気も知名度も絶大なものになっていた。どのような映画になるのかといった関心も高かった。田中プロデューサーによれば、STUDIO4℃では原作者の松本をまじえ、「月イチでチームと一緒に話しをしていました。スタッフもまだ若かったので、非常に仲間意識も強くて松本さんとキャッチボールをしていました」。

 それがある時から、松本からの接触がなくなる。「素晴らしいものが出てこなかったら嫌になるし、素晴らしいものが出てきたら腹が立つ。だから、この作品が完成するまでもう来ない。後は皆さんで自由に造ってくれと言ってくれました」。スタッフとの話の中で、次から次へと湧いてくるアイデアに、原作者としてはもう素晴らしいものが出てくるに違いない、だから見守るしかないと確信したのだろう。

 完成した映画『鉄コン筋クリート』は、期待を違えるどころかさらに凄まじい完成度を持ったものになった。キャラクターのルックは、ゲームのような3DCG感が色濃かったパイロット版から一変して、2Dの見慣れた雰囲気になった。舞台となる宝町は奥行きと広がりを持った立体的な造形を維持しながら、美術監督の木村真二の手によって、レトロ感があって猥雑な雰囲気も漂う、生き生きとしたものになった。観客はその空間を、主人公のクロとシロの2人が自在に飛び回って走り回りながら、一緒に暮らしているような気にさせられた。

 そして暴力。人によっては目を覆いたくなるような残酷なシーンも、しっかりと描かれた。CG監督やプロデュースの経験はあっても、監督は未経験だったマイケル・アリアスを起用したきっかけも、「そこが世界で通用するポイントだと私に押し出してきたこと」だと田中プロデューサーは振り返る。ただし、「私はこの作品は、そこを描くのではないということを、かなり彼と議論しました」。

「ひろしまアニメーションシーズン2026」に登壇した田中栄子プロデューサー

 どういうことか。「私たちが大切なものをなくす、つまりシロを失ったことでクロは心がカサカサして、人間の中に潜んでいる魔物が出てきて戦うという選択、それしかできなくなっていくことを描きたかったんです」。弱い者も強い者もいっしょにいてこそ世界のバランスが取れる。そのことによって子供たちが自由に生きていける。「つまりはシロとクロの話なのだということをレクチャーして、チーム作りを行いました」。

 次から次へと繰り出される暴力的なシーンは確かに迫力だが、シロとクロの2人の関係が軸にあるからこそ、見終わってホッとした気持ちになれる映画になった。第61回毎日映画コンクールの大藤信郎賞や、第31回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞したのも、そうしたテーマ性を評価されたからだろう。

 映画『鉄コン筋クリート』は、声も昨今話題になりがちな俳優陣で固められている点も特徴だ。クロは二宮和也でシロは蒼井優。二宮については、主演していた映画をマイケル監督が観て「彼しかいない」と決めたという。蒼井は、田中プロデューサーが「ものすごく幅広い演技力に惚れてキャスティングしました」とのこと。「宮藤官九郎さんは不感症の警察官にはピッタリだとか、この作品の立ち位置と近い人というのを見つけて、一人ひとりオファーしていきました」。

 それでも最初は、「一度全部録り終わっても、なかなかあのシロとクロにならなかったんです。それである時、クロが去って行かなければならない別れのところで、蒼井さんが泣きながら出した声があまりにもシロだったので、その声で行きましょうと全部録り直しました」。

 二宮についても、当時はまだ「タレント性みたいなものが抜けていない部分があったんですが、どんどんとクロに変化していくんです。そしてイタチにもなっていく。1発のテイクではなく、2発3発とあのキャラが生まれていくために頑張って、それに皆さんも付いてきてくれて、素晴らしいキャッチボールができました」

 映画の公開から20年、原作の完結からでも30年以上が経つ『鉄コン筋クリート』だが、田中プロデューサーによれば、作品として色褪せるどころか「世の中とリンクを始めているところがある」という。「むしろ今日の方が観て痛かったです」。

 見渡せば世界情勢は不穏な色が濃くなり、分断から生まれる暴力も日に日に激しくなっている。そうした時代だからこそ響くものがあるということだ。4K化も進んでおり改めて上映の機会もありそうなだけに、観てそして原作に戻って読み返しながら、STUDIO4℃の偉業と松本大洋の才能に感嘆してみるのも悪くない。

広島市で8月19日から23日まで開催された「ひろしまアニメーションシーズン2026」

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