作家と編集者のトラブル、出版エージェントが解決の鍵に? 激変する出版業界で「アップルシード・エージェンシー」が果たす役割
「出版エージェント」をご存知だろうか。その名の通り、作家のエージェントとして、出版にまつわる企画や営業、契約管理などを代行する人々だ。その活動範囲は幅広く、出版社との印税交渉や作家のキャリア形成を支援することも。
日本ではまだ馴染みが薄い、出版エージェントという職業。一体、どのような人々が、どのような思いで、日々、作家と向き合っているのだろうか。株式会社アップルシード・エージェンシー(東京都新宿区)に取材した。同社は世界累計100万部の石田祥『猫を処方いたします。』シリーズや著者累計200万部を超える井原忠政〈三河雑兵心得シリーズ〉、推理作家協会賞短編部門受賞の矢樹純『夫の骨』などを手がけ、エージェントとして数々のヒット作に携わってきた。
取締役社長の栂井理恵(とがい りえ)氏と文芸担当エージェントの有海茉璃(ありうみ まいり)氏に、作家でもなく編集者でもない、「知られざる出版エージェントの世界」を語ってもらった。
今、エージェントへの持ち込みが激増している理由
――アップルシード・エージェンシーは作家のエージェント事業を手がける企業と伺っています。まず、エージェントの仕事について教えてください。
栂井理恵氏(以下、敬称略):エージェントは、さまざまな出版社と協力しながら、作家の執筆活動や長期的なキャリアを支える仕事です。具体的には、出版企画の立案や出版社への営業、契約・条件交渉、映像化・海外出版・電子出版などの二次利用の展開、契約管理、広報戦略まで、幅広い業務を請け負います。
アップルシード・エージェンシーは、創業者であり現在も代表の鬼塚忠が「日本人作家が安心して創作に専念できる環境をつくりたい」という思いのもと2001年に設立しました。作家のキャリア形成は世の中で思われている以上に過酷です。担当編集者の異動や退職、出版社の体制変更などによって作品の継続的なリリースが困難になったり、ちょっとした行き違いや人間関係の変化によって仕事が途絶えてしまったりと、当人にはコントロールしにくい「落とし穴」が多々あります。そのなかで、本来は脚光を浴びるべき作品や才能が埋もれていく例も少なくありません。
そこで、出版社とは独立した立場から作家の利益を守り、長期的なキャリアを支えるのが私たちの役目です。作家のエージェントは、日本国内では馴染みが薄いですが、欧米では出版ビジネスに深く根付いています。日本にも作家のエージェントを定着させ、出版文化のさらなる発展に寄与することが、私たちの目的です。
――アップルシード・エージェンシーは文芸、ビジネス・実用、教養・ノンフィクションなど、幅広いジャンルの作家と契約を結んでいますね。作家とは、どのように契約を結んでいるのでしょうか。
栂井:契約のきっかけは、スカウト、紹介、お問い合わせの主に三つです。こちらからお声がけすることもあれば、持ち込みにも対応します。また、既に出版経験のある作家だけではなく、デビュー前の作家と契約を結ぶこともあります。
有海茉璃(以下、敬称略):最近では、文芸の作家からの問い合わせや持ち込みが増加しました。昨今、小説投稿サイトやWEB発の新人賞の人気が高まっており、「書きたい人」が急増しています。しかし、出版業界のデビューのハードルは高く、可能性は秘めていながらも既存のルートからこぼれ落ちてしまう作家も多いです。そうした方々がデビューのきっかけを掴むために、過去作を持ち込む例が増えています。
また、デビュー後の作家でも、「二冊目を出せるか不安」という方から問い合わせを受けることがあります。出版市場が縮小傾向にあるなかで、出版社の人員や予算は限られています。数少ない編集者が何名もの作家を担当して、それぞれの企画や編集、販促などを完璧に手がけるのは現実的に困難です。やむなく一部の作家に時間が割けなくなり、コミュニケーションが不足したり、疎遠になったりしてしまうことも多いと聞きます。特にコロナ禍以降は、対面による打ち合わせや会食、出版社のパーティなどの機会が減り、その傾向は加速しているようです。そうしたなかで、キャリアに不安を抱いた作家の皆さんが「長期的に伴走してくれるパートナー」を求めて、エージェントとコンタクトを取っています。
栂井:エージェントというと、作家の利益を守るために出版社と対立する役割だと捉えられがちです。しかし、この点は強調しておきたいのですが、私たちは必ずしも出版社と対立したいとは考えていません。
たしかに、エージェントは作家を擁護する立場ですが、それと同時に出版社や編集者が置かれている状況も理解したうえで、双方にとってより良い形を探していくことが重要です。作家が安心して創作を続けられ、編集者も作品づくりに集中できる環境をつくること。その結果として、さらに新たな作家が輩出され、中堅作家が成長し、ベテラン作家もさらに活躍できるように支えていくことが、エージェントの役割だと考えています。
小説家にも「ブランディング」が必要
――作家のキャリア形成支援とは、具体的にどのようなサポートをするのですか。
栂井:文芸であれば、作家としてのブランディングをサポートすることがあります。ビジネスライクな印象があるので忌避されがちですが、作家が長期的なキャリアを築くうえでブランディングは欠かせません。
それに、私たちが考えるブランディングとは、表面を取り繕うようなイメージ戦略ではなく、「キャリア全体の設計」です。次に何を書き、どのような読者と出会い、どのような作家になっていくのか。そうしたキャリアプランを構想しながら、その実現に最適な出版社やレーベル、書籍の仕様などを提案します。
――単に次の仕事の機会を提供するのではなく、キャリア全体に寄り添っていくと。
栂井:まさに、そうです。実際に、作家としてのブランドが確立されていると、本人の志向や特性に沿った企画を立てやすく、出版社も提案を引き受けてくれやすくなります。
出版業界は実に多様です。出版社、編集者、各社が展開しているレーベル、それぞれに個性があります。数ある選択肢のなかから、作家本人が自身に最適な出版社や編集者を見つけ出すのは至難の業です。しかし、ブランディングを通じて、得意なジャンルや相性のよいテーマなどを明らかにしておくと、自身の特性を活かせる出版元とマッチしやすくなります。そのプロセスに伴走するのが私たちの仕事です。
――これまで、どのような作家をサポートしてきたのかご紹介いただけますか。
有海:例えば、小説家の石田祥さんです。石田さんは2023年3月に小説『猫を処方いたします。』を刊行し、現在まで世界累計100万部突破のヒットを達成しています。同シリーズは、「ヒーリング・フィクション」(読者の心を癒す穏やかな作風の小説)として海外でも人気を集め、36の国と地域に翻訳されているほか、イギリスでは現地の翻訳文学のベストセラーランキングで上位にランクインしました。
石田さんと契約するきっかけは、担当編集者からの紹介でした。石田さんは某社の新人賞で大賞を受賞してデビューし、その後、3冊の作品を出版していました。しかし、執筆スタイルが、プロットを作らずに物語を書き進める作家であったため、先行してプロットを求める出版社側の方針と足並みが揃いにくかったようです。
そこで、私たちは石田さんの執筆スタイルを活かし、『猫を処方いたします。』では、お送りいただいた短編小説から世界を膨らませる形で、企画を立ち上げていきました。
栂井:先ほどもお話ししましたが、アップルシード・エージェンシーの役割のひとつは、既存の出版の枠組みでは拾いきれない才能や作品に光を当てることです。プロットを書かない執筆スタイルの石田さんと契約し、共に企画を練りながら作品をヒットに導けたことには、大きな手応えを感じています。アップルシード・エージェンシーの存在意義が表れた事例だと思います。
SNSで多発する「作家と編集者のトラブル」を抑制するには
――作家と出版社との関係は複雑です。些細なすれ違いが感情的な対立に発展することも多いと聞きます。最近では、SNSで作家、編集者間のトラブルが可視化され、「作家と編集者には権力勾配がある」などと炎上することも少なくありません。
栂井:従来、作家と編集者のやりとりはブラックボックスになっていたので、関係の透明化には有益な面もあると思います。ただ、一方で、出版社や作家と長年、携わってきた身からすると実際の現場とは少し違うと感じる話題もあります。例えば、SNSではたびたび、「最近の出版社は作家に拡散力を求める」「著者のSNSのフォロワー数が少ないと企画が通らない」といった話題が炎上します。こうした傾向はノンフィクションには顕著ですが、文芸にはあてはまらない。私自身、これまで出版社への小説の企画提案で作家のSNSフォロワー数を尋ねられたことは一度もありません。
おそらく、ごく一部の編集者や関係者の発言が人づてに伝わるうちに、業界全体の不文律であるかのように拡散されているのではないでしょうか。根拠や妥当性が十分でない情報が作家と編集者の溝を広げている事態は好ましくありません。
――編集者と作家には情報の非対称性もあるのだと思います。編集者が比較的、同業他社を含めた出版業界全体を俯瞰しやすいのに対して、作家は担当編集者を介して業界事情を知るので、特定のトラブルを業界一般の傾向と捉えてしまうのかと。
栂井:そうした面は、あるかもしれないですね。また、さまざまなケースがあり得るので、一概に作家側の受け止め方だけの問題とも言い切れません。だからこそ、相互理解を深めることが重要なのだと思います。これは私たちがエージェントとして重視しているポイントでもあります。作家の立場や利益に寄り添いつつ、出版社や編集者の意向を丁寧に仲介することで、人間関係を良好に保つこともエージェントの役割です。些細なすれ違いがもとで、作家の才能や出版の機会を潰してしまうのは、出版業界全体の不利益に違いありません。SNS時代だからこそエージェントの責任は重いと、日々、痛感しています。
「デビューすべき人がデビューできる業界」を目指して
――昨今、電子出版やオーディオブックなど、出版ビジネスが多様化するなかでのエージェントの役割についてはどのようにお考えですか。取次や書店を介する既存の出版業界のビジネスモデルは限界との声も根強くあります。
栂井:とはいえ、現在も書店での売れ行きが作品のヒットを左右しているのはデータ上でも明らかです。そのため、今後とも書店の価値は大切にしていきたいと考えています。
その一方で、オーディオブックなどの新たな市場が盛り上がっているのも事実です。作家の利益のためにも、今後の出版ビジネスにIPの展開は欠かせないと思います。ただし、日本は海外と異なり、出版社が電子出版や映像化などに優先して関与する権利を持つ契約が一般的です。この契約形態は日本の出版文化に深く根ざしているので、海外のように各種権利を作家自身が保有する形態が定着するのは、当分、先だと思います。
ただし、近年では、一部の作家や作品について、紙の書籍は出版社、電子書籍やオーディオブックは他の事業者、海外翻訳は専門エージェントといったように権利を分割して管理するケースも見られます。編集者の方々とも、そうしたテーマで率直に意見交換する機会が増えていますし、変革の兆しは肌で感じています。
――最近では、プロの作家が文学フリマに出展するなど、直接、読者と交流し、作品を販売する例も出ています。
栂井:アップルシード・エージェンシーの契約作家である小説家の越尾圭さんも、同期デビューの小説家を中心に「わんにゃん堂」というサークルを結成して、文学フリマへの出展や書店営業などを精力的に展開されています。こうした作家の皆さんの活動には頭が下がる思いです。
※越尾圭……2018年に宝島社の「このミステリーがすごい!」大賞・隠し玉でデビュー。『なりすまし』がベストセラーに。
読者との接点を増やすことが、作家の長期的なキャリアを後押しするのは間違いありません。そのため、アップルシード・エージェンシーとしても、トークイベント、サイン会、企業や自治体とのコラボレーション、講演、文化事業への参加など、作家が読者と接点を持てる場を積極的に企画していくつもりです。これからは「本を売る」だけではなく、「作家と読者が出会う場をどうつくるか」ということも、エージェントの重要な役割の一つになっていくと思います。
――今後の活動に期待します。今年7月、栂井さんがアップルシード・エージェンシーの社長に就任されたと伺いました。最後に、今後の展望をお聞かせください。
栂井:直近、アップルシード・エージェンシーでは文芸分野の売上が大きく伸びており、今後の注力分野の一つに位置付けています。ただし、売上を拡大することが目的ではなく、あくまで私たちの目標は「デビューすべき人がデビューできること」「評価されるべき人が正当に評価され、長く書き続けること」です。
私がその思いを強くしたのは、アップルシード・エージェンシーが著作権を管理している津原泰水さんとの関わりからでした。津原さんは2022年に逝去されましたが、その後も5冊の書籍が刊行され、後の世代に今なお影響を与えています。しかし、津原さんは、その才能や作品の価値に比して、もっと広く読まれ、評価される余地があったと私は感じています。
既存の枠組みに収まらない、または、主流とは異なる場所にいる「もっと評価されるべき人」をサポートして、作品をより多くの読者に届けたいという思いは、私のエージェントとしての原点です。アップルシード・エージェンシーはノンフィクションを強みとして成長してきた会社であるため、今後も幅広い分野を手がけていきます。そのうえで今後は、文芸を軸に幅広い分野の知見を生かし、作家や作品が長く育ち、より広い世界へ届いていく環境をつくることで、会社としても新たな可能性を切り拓いていきたいと考えています。
※津原泰水……ベストセラー『ブラバン』、短篇集『綺譚集』や『11 eleven』などジャンル横断的に活躍。第43回日本SF大賞功績賞。
■関連情報
アップルシード・エージェンシー公式サイト