なぜ人間の脳は“神”を生み出すのか? “無宗教”の日本人こそ知るべきメカニズム

『神を生み出す脳―「宗教認知科学」入門』(ハヤカワ新書)

 あなたは神を信じますか?と聞かれて「信じない」と答えるつもりのあなたも、実は神を信じているのかもしれない。6月17日に刊行された本書『神を生み出す脳―「宗教認知科学」入門』(ハヤカワ新書)は、〈この合理性重視の世の中で、宗教が存在しているのはなぜか〉をテーマの中心に据え、宗教認知科学を専門とする学者・藤井修平が最新の知見をもとに答えを導いていく一冊だ。

 そもそも宗教認知科学とはどのような分野なのか。木の実やマンホールの蓋を見て、人間の顔をイメージする。霧に覆われた森の中に、実際には誰もいないのに何かいると感じる。宗教認知科学ではこうした人間に備わる認知能力との関わりの面から、宗教現象の解明を試みる分野であるという。研究にあたっては、イスラム教・仏教・キリスト教などそれぞれの宗教毎に対象を区切るわけではない。どの宗教にも共通する要素に着目し、進化生物学や認知科学、心理学などの理論を取り入れながら、信仰する人々の心の共通点=認知メカニズムを探っていくのである。

 本書ではこの構成要素別に考える宗教認知科学のアプローチ方法を通じて、宗教の全体像と必要性を描き出す。たとえば、神や仏や聖人といった人間には無い能力を持つ超自然的存在。それが地域や時代に関係なく各所で出現しているのは、何か崇高な力が働いているからでは無さそうである。超自然的存在は、自然物・人工物の中に視覚パターンを見つける「パレイドリア」や、何もいないはずの所に何者かがいると考えてしまう「行為者検出装置」によって存在が認知される。そして現代のゆるキャラにも見られる、周囲の対象に人間の特徴を当てはめがちな、ヒトの「擬人観」によって擬人化もする。また、人々の印象に残りやすい「最小反直感性」に当てはまる、変すぎず普通すぎない程々にイレギュラーな特徴と共に、世の中に広まっていく。ほかにも、他者の心理を推測する「心の理論」などによって超自然的存在は肉付けされ、信仰や宗教に発展していく。

 もちろん直感的な思考だけで、宗教ができたわけではない。そこに教義を熟考するといった内省的過程の積み重なる二重構造で宗教は成立していると、宗教認知科学では考えられているという。それでも神が生まれる過程を神秘化せず、認知メカニズムから推測するその目新しさには、宗教に関心のない読者も興味を引かれるはずだ。

 宗教の儀礼は傍から見ると、効果があるのか定かでなく不合理この上ない。だが、宗教認知科学の視点で見ると、これは必要だと納得させられてしまう。危険な水域で漁をする前のまじないや、不可抗力な事故を呪術の力のせいにするといった迷信的な行い。そこにはコントロール不能な状況での不安の緩和や、偶然の領域の事象をコントロールする意味合いのあることが、人類学者の研究でわかっている。本書ではコロナ禍の日本で妖怪アマビエが疫病を防ぐシンボルとして流行したのも、同じパターンの例として挙げられている。

 それだけでなく、儀礼には参加するコストに見合うだけのメリットがある。宗教認知科学者のディミトリス・クシガラタスは、ギリシアやスペインで火渡り儀礼に加わる人の心拍数を調査。すると参加者だけでなく観客の心拍パターンも一致しており、儀礼に感情面でのシンクロによる、人々の連帯を生む機能のあることが実証された。

 とはいえ、いい事ばかりというわけではない。本書では、宗教をめぐる認知能力の危険な側面にも言及されている。たとえば、たたりや天罰といった観念を生む、「社会的交換」の原則に基づく思考。それは時に、不運な出来事の原因を他者に求めて魔女狩りへと至り、多くの冤罪を生む事態となる。これとよく似た認知メカニズムに、善行が報いられ悪行には罰が与えられるとする「公正世界通念」がある。この因果応報的な思考もまた、世界に公正さを求めるあまり存在しない悪を見出すことで、本書で〈現代社会でもっとも危険な(広い意味での)宗教〉とされる陰謀論へ結びつく要素になり得る。

 だが宗教は怖いし苦手と避けようとしても、現代社会のあらゆる所に宗教的なものは根付いている。宗教の要素が含まれる事象として、伝統的なお祭りだけでなく、先述のアマビエや推し活に聖地巡礼、スマホゲームのガチャにポケモンの裏技情報まで登場する本書。そこから宗教の身近さだけでなく、著者の指摘する〈現在さまざまなところに存在している宗教は、従来の宗教観では宗教とはみなされないものが多く、ほとんどの人の目に宗教だと映っていない〉という現実が実感できてくる。社会調査で日本人の7割近くが自分は無宗教だと答えているというが、その7割近くの人にこそ特に本書をお勧めしたい。

関連記事