【追悼】美輪明宏:三島由紀夫から寺山修司まで、文化人たちを惹きつけた「虚構」の人生

 また、「昭和の文壇」が歴史の向こうに遠ざかった……。2026年6月20日に91歳で逝去した歌手・俳優の美輪明宏(1971年までは丸山明宏名義、以下は美輪で統一)が、昭和後期を彩った文学者、劇作家、芸術家らと深い親交を結んでいたのは有名な話だ。その顔ぶれは、三島由紀夫、澁澤龍彦、吉行淳之介、江戸川乱歩、大江健三郎、瀬戸内寂聴、森茉莉、横尾忠則、寺山修司、蜷川幸雄、その他じつに豪華だった。

『黒蜥蜴』(創元推理文庫)

 とりわけ、三島の惚れこみぶりはよく知られる。三島は江戸川乱歩原作の『黒蜥蜴』を戯曲化し、みずから美輪と共演した。美輪の自伝『紫の履歴書』には三島が序文を寄せ、当時の価値観からすれば奇異なジェンダーでありながら、多くの人々を惹きつける美輪を「美しい病気」と表現したうえで、「自分一個の病気を現代病にまでしてしまう」と評している。そして、本書の感想として「人は、虚偽を以てまごころを購ふことには十中八九失敗するが、まごころを以て虚偽を購ふことには時あつて成功する。しかもこの上もない花やかな虚偽を!」と記した。

 2020年代、表現者に政治思想を絡めて語るのは無粋な話だけれど、左翼勢力に対抗する『楯の会』を組織した三島は文壇きっての右派だった。一方で美輪は若い頃から「反体制」を自認し、後年には安倍晋三内閣の平和安全法制に反対の意志を示した。美輪と交友のあった文化人たちには、右派も左派も、まったく政治思想性のない者もまじっていた。この混然とした感覚こそが「昭和の文壇」らしいといえる。

 美輪を中心とした文化人たちの共通意識は何だったのだろうか? これは安易に明言できない。それでも、あえて言えば「虚構」を生きる意識と、その出発点としての戦争体験がもたらした「喪失」の共有だったのではないか。昭和の文学者の多くは、三島を筆頭に、高学歴エリートの中のドロップアウターといえる立場だった。だからこそ、政治や経済といった「現実」に対し、文学や演劇や映画といった「虚構」を生きることにプライドを抱いた。そんな意識が美輪への共感にうかがえる。

『幸田文対話』(岩波書店)

 たとえば、幸田文は1958年1月『中央公論』誌上での「こんなひと」という美輪との対談で、「あなたには計算した強さがある」と評した(『幸田文対話』(岩波書店)に収録)。また、森茉莉は1970年2月『話の特集』誌上での「女って、みんな馬鹿ね」という対談で、「丸山さんは、女としての魅力を利用してやろうなんて甘えてないでしょ? 根本から勉強するという歌への態度が男」と評した(『文藝別冊 森茉莉 天使の贅沢貧乏』(河出書房新社)に収録)。いずれも女流作家からの賛辞として興味深い。ある意味では「かわいいは作れる」というフレーズにも通じそうだ。

 三島と並んで美輪と縁が深かったのが寺山修司だ。『寺山修司の世界』(情況出版)で、美輪は三島、乱歩、寺山との出会いを語っている。寺山とは同じ1935年生まれで、初めて会った時は、新劇の悪口で意気投合したという。近代的なリアリズムを目指す新劇に反発した寺山と美輪は、あえて見世物小屋的な虚構の世界を志向した。美輪は、寺山が手がけた『毛皮のマリー』劇中の「歴史はみんな嘘」という台詞は、自分が演じた男娼のような被差別者の思いが込められていると述べる。

『寺山修司の世界』(情況出版)

 寺山作品の多くに描かれるのが、母の支配への反発だ。美輪は『毛皮のマリー』の男娼役を寺山の母のつもりで演じ、のちに寺山の母はつから演技をほめられたという。寺山の原点には、戦争で父を失い、母子家庭で育ったトラウマがあった。一方、三島は戦争で多くの同世代の学友を失い、戦前までの日本のあり方が敗戦で全否定されたなか、戦後社会を虚構と見なした。乱暴なくくり方になってしまうけれど、戦後の日本の文化人の多くは、こうした喪失感を出発点にしていたといえる。

 美輪の出発点、原風景は何だったのか。『紫の履歴書』には、故郷の長崎県長崎市は多様な国籍、民族の入り混じる文化的に豊かな地だったことと、幼児期の家族の思い出が記されている。だが、美輪の母は終戦間際に亡くなり、ほどなく1945年8月9日の原爆投下によって、美しい長崎の街が地獄絵図と化すのを目撃する。

 さらに、『紫の履歴書』には、戦後の興味深いエピソードが記されている。国立音楽高等学校(現在の国立音楽大学附属高等学校)に入学するため上京した美輪は、楽器店で米軍兵士に声を掛けられて親しくなった。この米兵はドイツ出身のユダヤ系だったのでアメリカでは差別され、兄が日本兵に虐待されたので復讐の念を抱いて日本に来たが、日本人の実像を知ってその気がなくなったと言う。美輪も原爆のためアメリカ人を憎んでいたと告白する。米兵は「誰が悪いのではない。戦争が悪いのだ」「多くの人々は敵も味方もない。同じ善良な人間なのだ」と語ったという。

 美輪が生涯を通じて演じ、多くの人々を魅了した虚構の美は、性別だけでなく、国籍も民族も、政治思想をも超えた文化の普遍性を目指したものだったのではないか。

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