「寂しい」と言えない男と「性欲」と言えない女ーー藤谷千明 × 佐々木チワワが語る、夜の街のリアル
『人恋しくて女性用風俗に行ったあとで考えたお金とケアと欲望のこと』(中央公論新社)の著者・藤谷千明と、ライターで社会学研究者の佐々木チワワ(『歌舞伎町に沼る若者たち 搾取と依存の構造』など)による対談イベントが「西荻のことカフェ」で6月7日に開催された。
自身も女性用風俗やホストクラブの「買う側の当事者」である二人が語り合うテーマは、性の消費、ケア、メディアの語り、そして人間関係における「納得」の構造にまで及んだ。
男性のジェンダー労働の不可視化と、女性の「気遣い」という負荷
対談は、主体的に性を消費する女性の行為に潜む「複雑さ」の指摘から始まった。
佐々木は、自身がホストや女性用風俗などでお金を使う中で、提供される「労働」の複雑さに気づいたという。「男なら好きでやっているのだろう」という世間の偏見により、そこにあるはずの労働が不可視化されていると分析。さらに、客側にある「ビジネスライクな労働として提供されたくない」という欲望を叶えるため、キャスト側は「労働っぽくない本当っぽい親密な振る舞い」までをも仕事として強いられているのではないかと指摘した。
これを受けて藤谷は、指原莉乃氏が「握手会でファンから『俺の時は休憩していいよ』と言われるのが一番やりづらかった」と恋愛リアリティ番組で明かしたエピソードを引いて「これは性風俗やキャバクラでも似たようなものなのでは」と付け加える。
この「気遣い」という負荷に、佐々木も強く同意する。
「本当に演技抜きに接したらお客さんは怒るわけです。『あなたの前では殻を破って本当の親密な関係を築けている』という、二重の労働を強いる一言なんですよ」(佐々木)
女性の夜の遊びは関係性も含めて買う側面が強く、それゆえキャストには高度な感情労働が求められる。また、メディアにおける「女性の風俗利用=性欲だけじゃない」という定番の語りについて、藤谷は「性欲を公言すると奔放だと消費されるための防御策」と分析。これに対し佐々木は、「男性は寂しいと言えず、女性は性欲だと言えない非対称性がある」と社会規範による抑圧の違いを指摘した。
メディアが求める「わかりやすいナラティブ」を疑う
対談の後半、二人の関心はメディアによる夜職や当事者の描かれ方へと向かう。
メディアでは、ホストに通う女性やトー横キッズがしばしば「家庭環境が複雑な、可哀想な存在」として描かれがちだ。ストーリーとして消費しやすい「同情ポルノ」の脚本が、あらかじめ用意されているのである。
「ホストに通うにしても『心の傷があるはずだ』と思われがちです。『普通に母親とホストに行ったことがある』と答えると相手は黙り込んでしまう。大衆には、逸脱行動に対して『自分たちが解釈できる理由が欲しい』という願望があるんです」(佐々木)
こうした関係性は、風俗における「キャストと客」に酷似していると藤谷は言う。藤谷の著書がメディア論を含んでいるのは、こうした「用意された語り」を疑うためだ。さらに藤谷は、表現活動が持つ「書く側」の権力性に自覚的であるべきだと訴える。
「『書くこと』と『セックスすること』、つまり性衝動と書きたい衝動はすごく似ている、と新刊で書きました。でも、なにかトラブルが起きた後に、セックスの場合は『そんなつもりじゃなかった』と言い訳しても通用しない場面が増えている。しかし、書くことにおいてはその身勝手さがまかり通っているように思います。基本的には書く側のほうが権力が強いのですから」(藤谷)
これに対して佐々木も、書く側が「極めて特権的な階級にいるということは留意しておかなければならない」とし、一方的に書くことの危うさに同意した。
女性の加害性と「贈与」という名のケアの押し付け
さらに議論は、藤谷の著書でも反響が大きかった「搾取」という言葉の扱いに及ぶ。ジェンダー論では「女性は弱者だから男性を搾取できない」という前提に立ちがちだが、二人は自身の行為に潜む「搾取可能性」に自覚的であるべきだと主張する。
ここで佐々木は、「奪う=搾取」よりも夜職において本質的なのは、「与える=贈与」という名の加害性ではないかという持論を展開した。
「搾取よりも『贈与』という加害性が働いているのではないかと思っています。女性用風俗を利用する側にも『自分の出したお金で相手に喜んでほしい』『可愛いと思われたい』という、自分の感情を相手に受け取ってほしいという欲望があるんです」(佐々木)
藤谷は、メディアで紹介されていた、客がセラピスト(女性用風俗の男性キャスト)に手料理を振る舞うような行為を挙げ、かつて流行したレシピ本『作ってあげたい彼ごはん』世代の心理を重ねながら、「男尊女卑的である一方で、『作ってあげたい』という欲望が存在し、それがケアの押し付けになっているのでは」と指摘。佐々木は、それを受け止めるキャスト側の過酷な市場原理を解き明かす。
「よく知らない女性からの手料理は普通は怖い。恋人なら受け取る義務が生じますが、夜職においては『どんな相手から貰ったものでも喜ばなければならない』という市場原理が働く。つまり、夜職で本当に売れる人間というのは、この『過剰な贈与への耐久力』がある人なんですよね」(佐々木)
他人の抑えきれない感情や性欲を拒絶せず、すべて笑顔で受け止める。それこそが夜職における「ケア」の本質であり、だからこそ「贈与している」側の女性は、自分が相手を削っている(搾取している)という事実に気づきにくくなっているのだ。
「限定された真正性」と、主導権を握るための「納得」
最後に佐々木は、1980年代のサンフランシスコにおけるセックスワーク研究を引用し、中産階級化したセックスワークでコミュニケーションや感情が商品化されるメカニズムを説明した。
そこで重要になるのが、「限定された真正性(本物っぽさ)bounded authenticity」という概念だ。金銭が介在する市場関係でありながら、境界線を一時的に取っ払ったかのように錯覚させる「一瞬の魔法」。顧客が求めているのは単なる性欲処理ではなく、「私だけに向けられた本物っぽさ」への「納得」なのだと佐々木は語る。
藤谷は、この「納得」というキーワードを重く受け止める。
「『納得』の基準は自分自身で決めるしかない。だからこそ、お金を払った人間関係の中で自分が本当に納得するというのは、超難問だと思うんです」(藤谷)
この問いに対し、佐々木は「お金を払っているからこそ、市場取引だったと言い訳ができて納得しやすい」という逆説的なメリットを挙げた。店に行けば確実に会える「出勤している男」との疑似関係のほうが、現実の恋愛よりも傷つかずに済む。そして何より、女性用風俗やホストに大金を払う最大の理由は、「してほしくないことを断れる権利(主導権)」を買うためなのだと結論づけた。
藤谷もまた、マッチングアプリ等で自分の肉体に「がっかりされたくない」という理由から女性用風俗を利用した経験を明かし、お金を介することで人間関係をシンプルにコントロールしたいという現代の欲望の形を肯定した。
お金とケア、あるいは欲望が交錯する夜の街の構造を、当事者かつ表現者としての鋭い視座で解剖した、極めてスリリングな対話であった。
■書誌情報
『歌舞伎町に沼る若者たち 搾取と依存の構造』
著者:佐々木チワワ
価格:1,155円
発売日:2025年2月28日
出版社:PHP研究所
レーベル:PHP新書
『人恋しくて女性用風俗に行ったあとで考えたお金とケアと欲望のこと』
著者:藤谷千明
価格:2,200円
発売日:2026年3月24日
出版社:中央公論新社