『ばけばけ』小泉八雲がとらえた「大和魂」とは? 晩年の集大成『神国日本』が現代に示すもの

 NHKの連続テレビ小説『ばけばけ』が、3月27日に最終回を迎えた。このドラマでは小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルにした雨清水八雲(レフカダ・ヘブン)が生前最後に書いたのは『怪談』と設定されていた。それに対し、現実の八雲が『怪談』と同時期に執筆し、彼の死後に発表されたのが『神国日本』(1904年。原題「Japan: An Attempt at Interpretation」の訳としては「日本 一つの解明」、「日本 解明への一試論」など)だった。八雲が書いてきた一連の日本論の集大成といえるその『神国日本』が、『ばけばけ』放送をきっかけに注目されている。

 彼の晩年に、アメリカの大学で日本をテーマにした講演を行う話があったが、実現しなかった。そのために準備していた草稿をもとに書かれたのが『神国日本』であり、本の発刊前に本人が急逝したのだった。同作は、死生観、宗教観を軸にして日本人を論じている。仏教が伝来して天国や地獄の観念が広まるよりも前の日本では、死者はこの世にとどまり、生者と交流し続けると考えられていたと、八雲は語る。そして、祖先礼拝を根幹とする神道という宗教が、家、地域、国家でどのように育まれ、どのような働きをしたかを論じていく。

 また、日本社会では昔から贅沢が禁じられ、身分ごとの衣服や食事の内容などが、細かく定められていた。道徳上の慣習はみな強制的だったが、それが繰り返されるうちにやがて道徳は自発的で本能的になったとも指摘している。西洋とは異なるその道徳的国民性の呼び名が「大和魂」なのだという。

 さらに「孝道」(親を敬い仕えること)という家族内の服従が宗教的性質を持っているとともに、武将が要求する軍事的服従も「忠義」という心からの服従であり、宗教的自己献身だと論じる。

『怪談』などで独自解釈も加えつつこの国の伝説や幽霊話を再話した八雲が、それらを生み出した日本人の死生観や宗教観、道徳観をどのようにとらえていたかが語られていて、興味深い。

 ひとつ意識しておきたいのは、八雲が日本の特徴を語ろうとする際、よくギリシャと比較することだ。神道で死を超人的な力の獲得ととらえることに古代ギリシャの信仰との相似をみたり、神輿の激しい旋回運動にやはりギリシャの神聖なる行事の再現を想ったりといった比較がよく出てくる。来日前、アメリカで記者をしていた八雲は、アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれ、ギリシャ出身で、アイルランド、イギリスに移り住んだ過去があった。渡米後も西インド諸島、カナダに滞在したことがあり、地域を相対的にとらえる経験値がある。そのなかでも、日本にギリシャとの相似をみつけて共感を示したのは、母がギリシャ人であることに由来するのだろう。

 国外から日本に伝わった儒教と仏教は神道と折りあいがついたが、キリスト教は間もなくこの国から排斥されることになった。その過程で信仰した者は拷問を受け、多くが命を落とした。「如何せん、数万の人々をそのためにいたずらに殺したこの宗教は、災い以外の何物をも日本にもたらしはしなかった」と八雲は断じている。彼は、キリスト教が日本に受け入れられなかった背景として、一神教と祖先崇拝の齟齬をみている。そのうえで、「この日本社会は、キリスト降誕前幾世紀の昔にあったギリシャの社会の状態に似ている」と評した。鉄道、電信、近代兵器、近代科学などが輸入されても、社会の状態はキリスト教が輸入される前の状態にとどまっていると書いてもいる。そのような国に住み続けることを選んだのだから、彼本人がキリスト教社会になじめなかったということでもあるだろう。

 八雲は、日本に暮らした自身の見聞だけでなく、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤という江戸時代の国学者を参照しつつ、日本の歴史をとらえている。彼は、神々の子孫が繁殖した結果が日本人だとした平田篤胤の文言を引用しつつ「すべての日本人は神であり、その国は立派な神の国、すなわち神国と呼ばれたのである」(田部隆次・戸川明三共訳『神国日本』毎日ワンズ。以下の引用も同じ)と書く。

 すでに触れた通り、この評論を原題に即して訳せば、『日本 一つの解明』であり、一人の外国人による試論であることが示されていた。だが、英文の原書の見返し部分に「神国」という漢字表記があったため、『神国日本』と呼ばれるようになった。作中には、引用したように「神国」を語った文章も出てくる。したがって、この国の特殊性を評価した一種の“日本礼賛”的、“日本スゴイ”式の本と受けとめる人もいるかと思う。

 留意したいのは、これが明治時代までの日本について論じた内容だということだ。本書は、日露戦争の最中に執筆されており、作中にもロシアとの現在の戦争に関する言及がある。また、戦死者が靖国神社に祀られることに触れ、「古来の信仰の、この戦争の際ほど強いときはない」と書いている。八雲の死後、軍国主義にいっそう邁進したこの国は、彼が観察したような日本人の宗教観も背景として、悲惨な結果を招いた日中戦争、太平洋戦争に突入していったのだった。その期間に「孝道」や「忠義」が、戦争への動員に利用されたのは明らかだろう。

 八雲が見た日本とその後の日本はどのようにつながっていたのか、明治の頃までのこの国の人々の死生観や道徳と、現在の意識は、どれくらい共通していて、どれだけ違うのか。『神国日本』は、そうしたことを考え、私たちの立ち位置を見つめ直す手がかりになる本だといえる。

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