連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年12月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は2025年12月刊の作品から。

若林踏の一冊:佐々木譲『分裂蜂起』(集英社)

 日露戦争でロシアに負けた並行世界の日本を舞台に描く歴史改変警察小説シリーズの三作目にして、堂々たる完結編である。他国の強固な支配下に置かれていた日本が、ロシアで起こった革命の影響を受けて俄かに揺れ動き始める。時代の大きなうねりを捉えるダイナミックな視座と、その最中で起こる犯罪を通し、時代に翻弄される個人に宿る様々な思いを掬い取ろうとする筆致が読者の心を大いに揺さぶるだろう。国家同士の争いのなかで傷を負った主人公という設定が前二作以上に活かされている点など、シリーズの総決算として隙の無い傑作だ。

梅原いずみの一冊:榎田ユウリ『殺し屋がレジにいる』(講談社)

 榊冴子、52歳、174㎝、離婚歴アリ。口癖は「すみません」。属性に加え、対立を好まない性格ゆえに周囲から舐められがちな彼女がパート先のスーパーで出会ったのは、迷惑客を鮮やかに撃退する72歳の殺し屋・山田グロリアだった。親友をモラハラ夫から救うため、冴子はグロリアに弟子入りを決意。一癖ある仲間と出会った冴子が理不尽に〝ちゃんと〟と怒る強さを手に入れ大団円――かと思ったら、物語は急転直下サスペンスフルなドンパチへ。過程を知っているからこそ、冴子の変貌は痺れるし爽快だ。抑圧からの解放の手段は暴力のみではない。

藤田香織の一冊:朝水想『お稲荷さまの謎解き帖』(双葉社)

 代わり映えしない人の願いをのらりくらりと聞き続けてきた稲荷神「俺」の一人称で綴られる連作。三百年前、天界の大神様から「誉人」と呼ばれる選ばれた百人の人間の願いを叶えてやれと遣わされたものの、なかなか成果をあげられない。ついには<この誉人の願いを叶えられなければ、神としての資格を剥奪する>とまで言われてしまうが、その願いが(どうか、私が殺されますように)で――。稲荷神のキャラが絶妙で筆致も味があり、ミステリーとしても成長小説(しかも神様の!)としても深い。人気シリーズに鳴り得る第46回小説推理新人賞受賞作。

酒井貞道の一冊:阿津川辰海『ルーカスのいうとおり』(幻冬舎)

 人形ホラーと本格ミステリの見事な融合である。小学五年生の亡き母との思い出が詰
まった人形(正確には別の個体です)がオカルトめいた存在に転じていく過程の、不
穏な空気感が素晴らしい。ぞわぞわします。そしてホラー的事象が本格的に牙を剥い
た後は、手に汗握る緊張感で目が離せなくなる。これら物語的な面白さに読者が夢中
になっている間に、作者は本格謎解きへの布石を次々と着実に打つのである。今月は
市川哲也『シュレディンガーの殺人者』も良かった。時間遡行或いはループを題材
に、かなり大胆な仕掛けを施しており圧巻でした。

千街晶之の一冊:森晶麿『消失村の殺戮理論』(星海社FICTIONS)

 十一月に続いて十二月もかなり迷ったが、ユニークさという点で森晶麿の『消失村の殺戮理論』を推す。前作『切断島の殺戮理論』同様、別人格を宿した文化人類学者・岩井戸泰巳が、法律もへったくれもあったものではない閉鎖集落を訪れ、事件に巻き込まれる。本格ミステリやホラーによく登場する集落の異常さの要素を極度に拡大し、その舞台ならではの異形のロジックを成立させた実験作だ。シリーズ二作目なのでどういう隠し設定があっても驚かないつもりでいたが、それでも悪魔的な真相には圧倒されたし、やるせなさが漂う読後の余韻も印象的。

杉江松恋の一冊:東川篤哉『じゃあ、これは殺人ってことで』(光文社)

 重量感ということではもちろん『分裂蜂起』なのだが、軽快さでこちらを採った。〈烏賊川市〉シリーズの最新短篇集だ。この連作は舞台は固定だが複数の人物が謎解き役を務めるもので、主要登場人物はほぼ変人という共通項で貫かれている。しかし内容は真っ当そのもの。特に本書の表題作は、いわゆる倒叙推理ものだが他の作家が誰もやらなかった、しかし現実に引き寄せて考えると絶対にありうる展開を描いていて感心させられた。革命的な内容なのに、この題名で軽く軽く書いてしまえるのが東川という作家なのだ。徹底ぶりに脱帽する。

 全員が違う作品を挙げた月となりました。深刻な歴史ものから冗談満載の軽い転変集まで、またホラー風味あり幻想小説風ありと趣向もばらばらで、選ぶのに苦労しそうです。しかしそれがいい。また来月、お会いしましょう。

※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

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