アニメ映画『ALL YOU NEED IS KILL』はなぜ原作・漫画・実写と違う道を選んだのか STUDIO4℃の挑戦
桜坂洋のライトノベルを原作に、『海獣の子供』(2019年)や『ChaO』(2025年)のSTUDIO4℃がアニメ映画化した『ALL YOU NEED IS KILL』が1月9日に公開。原作の小説とも、小畑健による漫画とも、トム・クルーズ主演のハリウッド映画とも違った状況ながら、繰り返される時間の中で誰かと出会い成長して突破していくという共通のテーマが貫かれていて、かつてのファンには再会の喜びをもたらし、初めて出会った人には世界が楽しんだラノベや漫画や映画にこれからハマれる幸福をもたらす。
「読みかけのペーパーバックが枕元に置いてあった。オリエント通を気取るアメリカ人探偵が主人公のミステリー小説である」。そんな目覚めの光景を1度目に見た時に気にする人はいないし、2度目だったとしても直前に自分が怪物に殺されたことを夢だったと思い込むだろう。けれども、3度目となるとこれは普通ではないと感じ取る。直前に怪物に殺されていたのなら、今度は殺されないようにその場から逃げ出す。
そして、たどり着いた先で怪物に殺され、またしても「読みかけのペーパーバックが枕元に」置いてあることに気づく。時間ループ。桜坂洋が2004年に発表した『All You Need Is Kill』(集英社スーパーダッシュ文庫)は、ギタイと呼ばれる人類を襲う怪物を相手に戦っていて、そうした状況に陥ってしまった初年兵のキリヤ・ケイジが、繰り返される短い時間の中で経験を蓄積し続け、初年兵の見た目とは違ったベテランの面構えと戦い振りを身に付けて、ギタイを倒しループから抜け出そうとあがく姿が描かれる。
ゲームのプレイヤーがバッドエンドを繰り返しながら攻略法を学んで、最後にゲームをクリアするような状態に、もしも自分自身が置かれたらどのような気分になるだろう。そんな問いへの答えを物語として見せてくれるラノベとして、『All You Need Is Kill』は登場した。細田守監督のアニメ映画『時をかける少女』(2006年)や長月達平のラノベ『Re:ゼロから始める異世界生活』に先だって打ち出された”やり直し”の可能性にワクワクし、どうしてそれが起こるのかといった設定にSF味を覚え、残酷なラストシーンに涙する。そんな要素盛りだくさんの作品として評判になった。
それから22年。長大なシリーズですらなかなか超えられない時間を、単巻のラノベ作品として乗り越え改めてアニメ映画が作られたのは、作品がもたらした衝撃が大きかったからに他ならない。刊行から10年後には竹内良輔の構成で小畑健によって漫画化され、あのトム・クルーズの主演でハリウッド実写映画化された時も驚きだったが、そこからですら既に12年が経って、なおも関心が途切れないことが、『All You Need Is Kill』のエバーグリーンぶりを証明している。
とはいえ、それぞれに違っていることもまた、作品から常にフレッシュな驚きを得られるとして、作品を長続きさせている要因だろう。とりわけ今回のアニメ映画『ALL YOU NEED IS KILL』は、初めてリタという女性が主人公として描かれている点が目新しい。
枕元に置かれているのは目覚まし時計。それが鳴っているとドアの外から呼びかける声を耳にしながら起き上がったリタという名の赤毛の少女は、食堂に行ってひとり朝食を摂り、そしていつものように巨大な花に見える「ダロル」を解体する作業に向かう。1年前に地球に落下してきたダロルは、周辺を壊滅させながらもとくに動き出すことなくそこに生え続けていた。母親との関係がうまくいってなかったリタは、変化を求めてダロルを処理するボランティア活動に参加していた。
そこに起こった異変。ダロルから降ってきたギタイという怪物に迫られたリタは、手持ちの掘削機で応戦してギタイを仕留めながら、相打ちとなって意識を失う。そして目覚めると目覚まし時計が鳴っていて、ドアの外から「鳴ってるよ」という声が聞こえて来た。繰り返しの始まりだ。リタは逃げても同じようにギタイにやられて戻るだけだと理解し、それなら怪物を倒すまでだと決意していろいろと工夫を始める。
原作のラノベや小畑の漫画、そしてトムの映画ではリタはギタイと戦う歴戦の勇士として知られた存在で、ケイジはリタと自分との間に共通点を見つけることでギタイを倒しループから抜け出す方法へと近づく。アニメ映画はリタが主役である上に、ギタイによる侵略がいよいよ始まるというタイミングで物語が始まっている点が大きく異なる。
まだ何者でもないリタが、戦場ではないためパワーアシスト用のジャケットとダロルを除去するための掘削機や鉈やハンマーや斧くらいしかない状況から、武器と呼べそうなものを作り出してギタイ相手に戦えるようになっていく頑張りに引きこまれ、クセ強なデザインのキャラにいつしか気持ちが乗っていく。一緒に強くなっているような感覚を観る人にもたらし、沈んでいる気持ちを奮い立たせて頑張ろうという気にさせる。
もっとも、どれだけ繰り返してもループからは抜け出せない。ギタイを退けるなんてことは夢のまた夢。次第に溜まってくる徒労感で心が折れそうになるリタの描写も、チャレンジがうまくいかない時の気分を思い出させる。そこに現れた、ケイジという名のシステムエンジニアが、孤独に苛まれていたリタの心に改めて火を付け、ループから抜け出すクライマックスへと向かわせる。
親に疎まれ、逃げ出すようにたどり着いたボランティアの場でも周囲に溶け込めないでいた少女が、自分の孤独を分かってくれる誰かと巡り会って覚える感慨を想像し、そんな誰かを見つけようとするなり、そんな誰かに自分がなろうとして、足を踏み出すきっかけをもたらす。そんな物語だ。
結末に関しては、喪失感を抱えながらも意思を継いで新たな戦いへと向かう原作や漫画とは違い、どちらかといえば実写映画版に近いところがある。解放された喜びと喪った悲しみがない交ぜとなった気持ちの先で得られる感動を味わい、ひとりの孤独だった少女がようやく掴んだ幸福が、途切れず続いてくれることを願いたくなる。
どの結末がベストかは人によって別れそうだが、得られる何かしらの感慨があるという点はどれにも共通している。可能ならすべてを確かめてお気に入りを見つけるのが良さそう。そうやって盛り上げていれば、噂として漂い続ける実写版の続編というご褒美が、いつの日かもたらされるかもしれない。