「2025年ライト文芸BEST5」書評家・七木香枝編 同人誌ながら増刷を重ねる青木祐子「ヴィクロテ」シリーズ外伝を激推し
その年の読書を振り返るときに思い浮かぶ本は、最初に読んだときの自分がいた場所や、そのとき掛けていたブックカバー、読んでいる最中にあった出来事の記憶まで一緒に連れてくる。それはきっと、本を読んでいたときの時間がページの中に滲むからだと思っている。
本記事では、私が2025年に読んだライト文芸の中からとりわけ記憶に残った本を五作紹介したい。
2025年ライト文芸BEST5(七木香枝)
『古典確率では説明できない双子の相関やそれに関わる現象』(東堂杏子/メディアワークス文庫)
『宝石商リチャード氏の謎鑑定 比翼のマグル・ガル』(辻村七子/集英社オレンジ文庫)
『銀の海 金の大地』(氷室冴子/集英社オレンジ文庫)
『纏足探偵 天使は右肩で躍る』(小島環/集英社文庫)
『DUKE』(青木祐子)
人という生き物の「内臓」に触れているような本 東堂杏子『古典確率では説明できない双子の相関やそれに関わる現象』(メディアワークス文庫)
2025年に読んで一番衝撃を受けたのは、間違いなく東堂杏子『古典確率では説明できない双子の相関やそれに関わる現象』(メディアワークス文庫)である。この本をひと息に読んだときの率直な感想は、人の内臓に触れるような話だな、だった。
本書は、広島の大学に通う兄・勇魚(いさな)と北九州の実家で暮らす妹・真魚(まな)という男女の双子を中心とした物語だ。二十歳の二人の日常は、年の離れた弟が産まれたという変化を皮切りに、「今まで気づいていて見ない振りをしてきたこと」「今まで気づいていなかったけれど見つめようとすること」が交差して変化していく。
……と内容に触れはしたが、この物語はあらすじを読んでも魅力が掴みにくい話である。なぜなら、この物語の輪郭いっぱいに満ち満ちた人間の心が備える不条理な揺れ動きと愛が、短い梗概に収まりきる程大人しいものではないからだ。
この物語で描かれる人の感情は、ひどく生々しい。この「生々しさ」は、作中にセックスや性加害が登場するからではない。勇魚と真魚が経験するできごとや彼らの感情と同じ形の物は知らなかったとしても、どこか知っていると思わせる力がある。私はその生々しさを、透明な手で肌の下にある臓器に触れられているようだと感じた。
たとえば、勇魚たちは「なるほど、その選択をしないつもりなんだな」と読んだ次の文で、しないつもりだったはずの行動に移っていたりする。フィクションの感情動線としてはめちゃくちゃかもしれないが、人の心にはそういうコントロールしきれない乱雑さがあって、東堂杏子の文章には「フィクションになるときに整理される前の感情」の手綱を取りながら存分に暴れ回させる筆力があるのだ。
この物語には人が持ちうる感情の不条理さがいっぱいに満ちているのに、不思議なくらい物語の中に収まりきってもいる。著者は人が持つ醜さや愚かさから目を背けず、つぶさに観察しながらも「だからこそ、人という生き物は愛おしい」という安易な括りで纏めようとはしすぎない。その静かな線引きは、綺麗でうつくしいものの眩しさを描きつつも「人と人の間にあるわかりあえなさ」まで描いた結末を読んだときに、いっそう強く感じられた。この稀有なバランスは、真似しようとしてもしきれないものだろう。読みながら、感情を描きたいと思ったことがある人が読んだなら、きっと打ちのめされてしまうだろうなと思った。それ程までに、「喰らう」小説だ。
本書は、第31回電撃小説大賞 《メディアワークス文庫賞》・《川原礫賞》を受賞した東堂杏子のデビュー作。デビュー前に書かれた短編を読んだときに、何となく「長編を読んでみたい」と思ったのを覚えているが、想像した以上の衝撃を受けた一冊だった。ぜひとも読んで、喰らってほしい。第二作を読める日が来るのを心待ちにしている。
現代で人間を描こうとする誠実さを感じた本 辻村七子『宝石商リチャード氏の謎鑑定 比翼のマグル・ガル』(集英社オレンジ文庫)
人間の描き方という点では、辻村七子『宝石商リチャード氏の謎鑑定 比翼のマグル・ガル』(集英社オレンジ文庫)も印象に残る一冊だった。
アニメ化も果たした「宝石商リチャード氏の謎鑑定」は、ご存じの通り大の甘党である美貌の宝石商・リチャードと、彼の店で働くようになった大学生・正義が宝石を通して人の謎を読み解く人気シリーズだ。2015年からスタートし、足かけ10年にわたって続いてきた本シリーズも本書で本編完結。10年かけて世界は進み、リチャードと正義たちの人生もまた変化しながら進んでいる。
10年前に1巻を読んだとき、この物語は現代に生きる人間を描いてくれるんだな、と感じたことをよく覚えている。
人の人生というものには大まかな基準となるすごろくがあって、順当にコマを進めてゴールにたどり着くものだ、という認識が大なり小なりある。それが社会で生きていくということでもある。でも、分かりやすくて順当なすごろくを進められる人ばかりではない。恋や愛、家族関係には語弊を恐れずに言えば分かりやすい理想像があって、そのふんわりとした「当たり前」に息苦しさを覚えることすら許されないと感じる瞬間が、依然として現実にはある。
辻村七子が世界を見つめる目には鋭さがあり(これは厳しさという意味ではない)、だからこそ希望と祈りを持って物語を描いているのだなと感じる場面が本シリーズにはたくさんあった。現実のありようはこの10年で随分変わってきたようにも思うし、まだ期待したほど進んでいないと感じる部分も多い。ただ、いまを生きる人間の一人として物語を楽しむときに、辻村七子のように誠実に人を描こうとする作家がいてくれることは間違いなく救いで、幸いだと感じる。
その誠実さは、『比翼のマグル・ガル』中で「正義がリチャードを指して綺麗と言うこと」について語られた件にもよく表れていたと思う。詳細は実際に読んでみてほしいが、ここにシリーズを通して誠実で、真摯で在り続けた物語の核を感じた。オレンジ文庫のXによれば新短編集の刊行も予定されているようで、今から待ち遠しい。
シリーズ未読の方は、まず一冊手に取ってみて欲しい。併せて、12月に発売されたばかりの世界沈没後の医療を描いたSF『博士とマリア』(ハヤカワ文庫)も買うと年始の読書が楽しいものになるはずだ。
物語の力に満ちた、色褪せない名作の復刊 氷室冴子『銀の海 金の大地』(集英社オレンジ文庫)
少女小説読者である私にとって、2025年の2大ニュースは、若木未生『グラスハート』のNetflixドラマ化・文庫版の刊行と氷室冴子『銀の海 金の大地』の復刊である。今回は、「銀金」を取り上げたい。
少女小説、とりわけコバルト文庫読者にとって、氷室冴子の存在はとても大きい。リアルタイムで氷室冴子の作品を読んでいた読者にとっては尚更のこと。それ程までに氷室冴子は少女小説読者にとって鮮烈な存在だが、残念ながら私は『なんて素敵にジャパネスク!』の新装版(後藤星によるイラスト版)世代である。つまり、リアルタイムで氷室冴子作品を読めていない。
この話を氷室冴子読者にするとしばしば驚かれるのだが、高校の古典の授業で先生が「ジャパネスクで、行き触れだ行き触れだ~ってシーンがあったじゃない? この部分はあのシーンと一緒なんだよ」と言ったとき、クラスで氷室冴子を読んだことがあるのは私だけだった。先生は驚愕し、嘘でしょと言っていた。私もそう思った。
そういうわけで、私が『銀の海 金の大地』を読んだのは新刊書店では入手しづらかったタイミングで、図書館で借りて読んだ。本棚に並んでいる氷室冴子作品の多くは、古書店でちまちまと買いそろえたものである。
長らく復刊されていなかった「銀金」が毎月新刊として並んでいた2025年は、書店に出掛けるたびに感慨深く思っていた。銀金を新刊で買える日が来るんだな、と。同時に、同世代の氷室冴子読者が身近な存在ではなかった私にとって、これから新しく氷室冴子の物語を読む人が増える喜びを感じる一年でもあった。
古代日本を舞台に、真秀と真澄の双子を軸にくり広げられる壮大な物語である「銀金」は、未完の名作としても知られる。一年かけて再読して改めて感じたのは、「銀金」が持つ凄まじいまでの物語としての熱量と力だ。著者による続きが読めないのは確かに残念ではあるものの、未完であることはこの物語をまったくもって損なっていない。現代とは遠い舞台である古代の、匂いや地面の感触までもが迫ってきそうに生々しい臨場感。真秀の炎のように苛烈な心や容赦なく襲いかかる宿命のひりつきは、色褪せることなく輝いている。胸を揺さぶる物語を欲している人や物語に魅せられる喜びを味わいたい人に、いま改めて届いてほしい物語だ。
中華ミステリー×シスターフッドの本 小島環『纏足探偵 天使は右肩で躍る』(集英社文庫)
ライト文芸レーベルから出た作品ではないが、小島環『纏足探偵 天使は右肩で躍る』(集英社文庫)も2025年の読書を振り返ったときに印象深かった一冊として取り上げたい。
舞台は中国、康熙七年の清。父を亡くしてサマルカンドから北京に移り住んできたばかりの瑠瑠(るる)は、人形のように美しい名門家の娘・月華に命じられて劇団の頭領が殺された事件を調べることになる。
纏足探偵の表題通り自由には出歩けない月華と、彼女の足となって事件現場に赴く瑠瑠は、生まれはもちろん育った文化も宗教も価値観も異なる十五歳の少女だ。読者は、中国の文化風俗にまだ馴染みのない瑠瑠の目を通して清の街を歩くようにして物語に誘われる。
本作は鋭い洞察力を持つ月華の安楽椅子探偵ものであり、シスターフッドの物語でもある。そのことをよく表しているのが、纏足だろう。瑠瑠にとって無理矢理足の形を変える纏足は不自由で痛ましいものだが、月華の生きる世界では「女としての人生を左右するもの」である。連作短編で綴られる物語に登場する謎は必ずしも女性のみが関わっているわけではないが、瑠瑠が北京に逃れてくることになった原因や人物への焦点の当て方には、女性の連帯を描きたいという確かな意思を感じる。
月華と彼女の「猫」として事件を調べに向かう瑠瑠の関係が緩やかに友愛に変化していく様は、清新な読書の楽しみを味わわせてくれる。同時に、個人的には初めて中華ものを読んだときの気持ちを思い起こさせてくれた物語だった。歴史の中にあったかもしれない、あっていてほしい物語に触れる喜びを感じられる一冊だ。
もっと広く読まれてほしいと思わざるを得なかった本 青木祐子『DUKE』
2025年に読んだ本の中で、一番誰かに読んでもらいたい衝動に駆られたのは青木祐子『DUKE』だった。本好きなら馴染みがあるだろう、読んでいる最中に(これは今年のベストに入る読書だ)という実感が一番強く胸に迫ってきた本でもある。
本書は、「ヴィクロテ」の愛称で親しまれる青木祐子『ヴィクトリアン・ローズ・テーラー』(集英社コバルト文庫)の外伝として出された同人誌である。
ヴィクロテのリアルタイム読者だった私は当然のように購入したのだが……本書を読み終えた後、とにもかくにも配って回りたいような衝動に駆られた。そのくらい、あまりにもいい物語だったのである。間違いなく2025年のベスト本だと思ったし、うっかり外で読み始めたものだから行きつけのカフェで泣いてしまって不審者になった。
『DUKE』は、19世紀の英国を舞台に、後継者である息子が労働者階級の恋人を作ったことで懊悩する公爵アルフレイドの物語だ。ヴィクロテ本編の男性主人公・シャーロックからすれば気難しい存在であるアルフレイドだが、若い頃からそうだったわけではない。アルフレイドにもまた父親との確執や、次男に生まれついた自分が最愛の兄の「スペア」であり、最終的には自分が爵位を継いでしまったという苦しみがある。過去の苦しみが照射されることで読者に伝わってくるのは、アルフレイドが自分の苦しみと同じ物を息子に与えたいとは思っていないことだ。その愛情は当の息子にはうまく伝わらないのだが、その不器用さもまた愛おしさを感じる。アルフレイドが息子の恋をどう受け止めようか迷い、どんな選択をするのかを決めていく様子には、きっと胸を揺さぶられるはずだ。
そう、ヴィクロテ読者はもちろん読んでいるからいいとして、私はこの物語を、ヴィクロテを知らない人にもできるだけたくさん読んでほしいのだった。同人誌は素晴らしいものだが、こんなに良い物語が、読んだ人の胸にずっと残る余韻をもたらす物語が読まれないなんてあまりにももったいない。と、地団駄を踏んでいるのである。何度か増刷はされているのできちんと読者に届いているのだが、私は強欲なので、もっと広く読まれてほしいと思っている。青木祐子の文章は、描きたいものをシンプルに、かつ磨き抜かれた言葉で届けてくる。その静謐で、時に柔らかく胸を刺す巧みな筆致で綴られた物語を味わう喜びを、一人でも多くの人に感じてほしいと思ってしまう。
著者自身が触れているように、本書は単独で読める。あとがきに関連する巻の案内も付いているので、「若い頃にやんちゃをしていた公爵が、時を経て息子の恋に悩まされる話」にぴんと来た人は、ぜひとも在庫があるうちにBOOTHで購入してみてほしい。まずは一冊、『DUKE』を読んでほしいのだが……後々欲しくなるはずなので、他の外伝2冊も併せて購入するのもおすすめだ。
参考:https://booth.pm/ja/items/6842705