「2025年ライトノベルBEST5」書評家・タニグチリウイチ編 新シリーズの注目は『汝、暗君を愛せよ』
2025年のライトノベルを選ぶ。完結した作品なら伏瀬『転生したらスライムだった件』があり白鳥士郎『りゅうおうのおしごと』もあり佐藤真澄『処刑少女の生きる道』もあって、長い物語を見事に着地させた腕前に敬意を払って選べばそれだけでリストが埋まってしまうため、新しく始まって驚きをもたらしこれからの展開にワクワクさせられている作品を並べてみた。
2025年ライトノベルBEST5(タニグチリウイチ)
1位:『汝、暗君を愛せよ』(本条謙太郎/DREノベルス)
2位:『崩壊世界の魔法杖職人』(黒留ハガネ/MF文庫J)
3位:『星天 天才囲碁少女、異世界で無双する』(空兎81/ドラゴンノベルズ)
4位:『なぜ逃げるんだい? 僕の召喚獣は可愛いよ』(夜迎樹/ファンタジア文庫)
5位:『炒飯大脱獄』(えるぼー/ガガガ文庫)
政治・経済の観点の学びもある『汝、暗君を愛せよ』
筆頭は本条謙太郎『汝、暗君を愛せよ』(DREノベルス)。ちょっと読み始めたら止まらなくなって最後まで一気に読み切ってしまう人が続出したというその内容は、異世界転生ものでありながらも異能力なり武力をふるって無双するような展開ではなく、破産寸前の王国の王になっていたことに気づいてから、逆境を乗り切って国を救い自分自身も生き延びるといった逆転劇だ。
そうした設定の作品も異世界転生・転移ものには数多い。言わずと知れた『転スラ』がその代表格で、スライムという一般的には最弱とみなされがちなモンスターに転生した現代人のサラリーマンが、与えられていたスキルを駆使して生き延び強くなって国を立ち上げ魔王にもなってといった具合に、どんどんと成長していく姿で楽しませてくれた。
『暗君』には与えられたスキルのようなものはない。前世の記憶と経験だけ。それも企業の3代目経営者としていろいろ新しいことを始めてみたものの、ことごとく失敗。幸いにして会社は優れた番頭たちの働きもあってしっかり業績を上げていたことから気まずさも相当なものだったようで、自分なんてもういらないと死を選んでしまった。ところが、転生した王国では社長として大勢の人を見てきた経験が役立って、大きく波風を立てないようにしながら巧妙な人事を行って内政をまとめ、くすぶっていた革命の機運をそらし、外交面でも成果を上げて国を安泰どころか発展へと向かわせる。
『誰が勇者を殺したか』の駄犬による『モンスターの肉を食っていたら王位に就いた件』のマルスが力で下剋上を成し遂げ、周りの勘違いも誘って近隣諸国を取り込んでいく展開も面白いが、経済なり政治なり外交といった現実的な要素で勝ち上がっていく様子を見るのはいろいろと学びがある。いつか政治家や経営コンサルタントが『暗君』を引き合いに講演を行うかもしれない。
『崩壊世界の魔法杖職人』主人公の大利賢師は“陰の実力者”ポジション
2位は黒留ハガネ『崩壊世界の魔法杖職人』(MF文庫J)。こちらの主人公の大利賢師もスキルや武力とは無縁で、知略すら持っていないにも関わらず活躍してしまうから痛快だ。いわゆるモデラーという奴で、アニメやゲームに出て来る剣や魔法の杖のようなアイテムを本物のような質感でスクラッチビルドして販売して愛好家から高い支持を集めていた。人見知りのため誰とも会わないで済む奥多摩に工房を構えて引っ込んでいたが、そこに世界の危機が襲いかかった。
世界に降り注いだ謎の魔石の影響で一部の生物が怪物化して人を襲うようになった。大勢が亡くなる中で賢師は山中で魔石を器用な手先で加工し、杖などに組み込んで魔法のような力を発揮できるようにした。これが魔石の影響で異能力を発揮するようになった魔女や魔法使いといった人間や、魔石の研究者に大受けして、賢師は一躍時代のヒーローになっていく。
怪物と戦う道具を作り出しただけでなく、誰でも魔法をふるえるようになる道具を作り、人類が生き延びるために必要な食料の増産も可能にしたのだからたいしたもの。東京周辺の各地区を魔女や魔法使いが怪物たちと戦いながら人々の面倒を見ていても、いずれジリ貧になっていった状況をひっくり返した賢師の“陰の実力者”的なポジションもまた、ヒーロー願望を誘うものとしてシリーズを人気作にしていきそうだ。
囲碁が藤井聡太擁する将棋を超える人気を獲得できるか 『星天 天才囲碁少女、異世界で無双する』
3位は空兎81『星天 天才囲碁少女、異世界で無双する』(ドラゴンノベルズ)。異能力でもチートでもないという意味ではモデラーと近い囲碁の才能で、転生した異世界を突き進む少女を描いた作品だ。主人公は病弱ながらも囲碁が強くてオンライン対戦で1000連勝というとてつもない戦績を上げ、招待を受けたリアルな大会でも決勝まで勝ち進んで時の名人と対局する。そこで勝ちを確信したところで意識が途切れ、気がつくと異世界に転生していた。
そこでは紛争の白黒を囲碁の対局で決めるようになっていた世界。対局ネームと同じ星天を名乗るようになった少女にはうってつけかと思いきや、囲碁を打てるのは男子だけといった風潮が色濃く女子はつまはじきにされていた。それでも星天は最底辺の碁会所で荒くれ男たちを相手に勝ち進み、名のある棋士ですら尻込みする命がけの対局に臨み、勝ち進んでしまう。その強さを領主の子息に認められた星天は、白棋士という一種のプロを目指すことになる。
棋譜もなく上に専門用語で綴られる囲碁の対局ながら、アクションシーンのような書きっぷりで凄まじいバトルが繰り広げられていると分からせる筆致に引きこまれてしまう不思議な作品。攻め一辺倒の星天とは対称的に、緻密な計算の上に半目でも良いから多く陣地を奪って勝利する鳴良という相棒も出来て2人で進む囲碁の道が、どれだけの強い相手を蹴散らしどこにたどり着くのか興味津々だ。筆者自身が都道府県の大会で優勝できるくらいの棋力の持ち主で、読めば囲碁の魅力に取り憑かれること請け合い。かつて『ヒカルの碁』で沸きながら、藤井聡太を擁する将棋に押されがちな囲碁の人気を取り戻す尖兵となり得るライトノベルだ。
ラノベ界最凶ヒロイン誕生 『なぜ逃げるんだい? 僕の召喚獣は可愛いよ』
4位には夜迎樹『なぜ逃げるんだい? 僕の召喚獣は可愛いよ』(ファンタジア文庫)を推す。涼宮ハルヒがライトノベル界で最強のヒロインなら、この作品のハッピーは最凶のヒロインかもしれない。何しろその姿を目撃してしまった人は、永遠のトラウマを心にきざみこまれる。ハッピーとはヘレシーという辺境にあるシアワセ村から都にある召喚師の学校に来た少年に付き従う召喚獣。貴族の令嬢と会話していたヘレシーに決闘を申し込んだ貴族の御曹司の前に現れ、肉塊のような姿に無数の手足を生やし目玉をギョロつかせた姿で恐怖を与える。
居合わせた貴族の令嬢も悪夢を見るようになって、ヘレシーの寝室に忍び込んでは添い寝をしたり枕を持ち帰って心を落ち着かせようとしたりする。そんな邪神のようなハッピーをヘレシーは可愛いと良い、ハッピー本人もそのつもりでいるからどこか認識がズレている。そうしたギャップを面白がりつつヘレシーがのぞかせる無邪気な邪悪が世界をどこに導くかを、追っていきたくなるシリーズだ。
『炒飯大脱獄』を読んで試したくなること
5位にはえるぼー『炒飯大脱獄』(ガガガ文庫)を入れたい。日本の女子高生だった柳刃蒼音が、訳も分からないまま中国へと連れて行かれて上海の沖合に浮かぶ島にある「上海炒飯大学」に放り込まれるというストーリー。うまい炒飯を作ることだけを求められる学校で、蒼音は炒飯を作り始めるが仲間から「おいしい泥粘土」「白米の焼死体」「キモ舌ポニーテール」といった罵声を浴びせられて空を仰ぐ。
成績が悪ければ調理場さえ使えず野外で鍋を振るい続けなければならない過酷な日々からいつか逃げ出してやると思いつつ、最上位を目指して修練に励み、創意工夫で美味しい炒飯を作り出すスポ根ラノベならぬチャー根ラノベ。読み終えたら炒飯が食べたくなること請け合いだ。ちなみに炒飯の学校でピラフやパエリアを作ることは万死に値するらしい。中華料理店でピラフを頼んでみれば本当なのか分かるだろうか。