「2025年コミックBEST5」マンガライター島田一志・編 1位は24歳でこの世を去った“伝説の漫画家”の短編集

2025年コミックBEST5(島田一志)

第1位 『高木りゅうぞう作品集 ツイステッド』高木りゅうぞう(復刊ドットコム)
第2位 『THE BAND』ハロルド作石(講談社)
第3位 『家守綺譚』漫画・近藤ようこ/原作・梨木香歩(新潮社)
第4位 『夢幻紳士 猟奇篇』高橋葉介(早川書房)
第5位 『天国に結ぶ戀』大越孝太郎(青林工藝舎)

音楽を感じさせる漫画と音楽を描いた漫画

 今年(2025年)刊行されたコミックスのうち、特に心に残ったのは上記の5作品だった。

 第1位の『ツイステッド』は、1993年、24の若さで亡くなった“伝説の漫画家”高木りゅうぞうが遺した短編を全て収めた作品集。表題作は、かつて、よしもとよしともが「COMIC CUE」にてカバー(リメイク)したことでも知られる。

 スーパーナチュラルな要素を含む「プリオの気持ち」と「ツイステッド」を除き、いずれの短編でも、若者(もしくは、おじさん)のあまり代わり映えのしない日々が乾いたタッチで綴られているのだが、なぜか最後の場面では、主人公たちは少しだけ成長している。一歩だけ、前に踏み出している。そうした作者の、「人間」を見つめる温かい眼差しが気持ちいい。

 夭折が惜しまれるが、どこか懐かしいジャズやブルースを感じさせる漫画を描いた作家だった。

 第2位の『THE BAND』は、『BECK』完結より約16年ぶりにハロルド作石が手がけるバンド漫画だそうだが、孤独な少年が音楽(ロック)と出会い、それをきっかけとして仲間を得て……という序盤の展開は、『BECK』の焼き直しといえなくもない。しかし、それでもなおこの物語が読み手の心をつかんで離さないのは、ハロルド作石が描く、「少年がギターを手にした瞬間の“無敵感”」が、何ものにも代え難い感動を与えてくれるからだろう。

 ちなみに、主人公の少年が使っている、三日月型のボディと星型のヘッドを持つ変形ギターは、カワイの「ムーンサルト」という。その開発時のコンセプトは「宇宙」であり、やがて主人公たちが「BAND」の世界で起こすであろう“ビッグバン”を予感させる楽器だ。

近藤ようこ、高橋葉介――ベテランふたりの「現在地」

 第3位には、近藤ようこの『家守綺譚』を選んだ。梨木香歩の同名小説のコミカライズだが、原作の持ち味を活かしつつも、「近藤ようこの漫画」になっているのはさすが、という他ない。
 物語の舞台は、いまからおよそ百年前(明治時代)の琵琶湖に近い町。主人公は、綿貫征四郎という名の駆け出しの文筆家である。

 あるとき、綿貫は、亡友・高堂(こうどう)の実家で、「家守(いえもり)」として暮らすことになる。その家で彼は、のんびりと暮らしながら、庭のサルスベリに懸想されたり、池で河童の衣を拾ったりする(時々、後輩の編集者からの依頼で、文章を書いたりもする)。そして、床の間の掛軸の中から、現世(うつしよ)にたびたび戻ってくる、死んだはずの親友――。

 こうした綿貫(と高堂)の、どこか浮世離れした、高等遊民的ともいえる日々の暮らしは、読み手にとっても心地いいものだが、やがて物語が終盤に近づくにつれ、主役ふたりの関係は、わずかにだが変化していくことになる。最終章、かつて高堂が辿り着いた「湖の底」と呼ばれる彼岸に綿貫が足を踏み入れたとき、彼が亡友と同じ選択をしたかどうかについては、じっさいに本作を読まれたい。

 第4位は、高橋葉介の『夢幻紳士 猟奇篇』。「夢幻紳士」シリーズは、1981年の「マンガ少年」に始まり、「月刊ベティ」(1号のみで廃刊)、「リュウ」、「メディウム」、「ネムキ」、「ミステリマガジン」など、いくつもの掲載誌を変えて、いまなお描き続けられている高橋葉介のライフワーク的な作品だ。

 主人公は、少年探偵の夢幻魔実也(注・「怪奇篇」などでは青年期の魔実也が描かれる)。霊能力めいた異能の持ち主ゆえ、ほとんど推理らしい推理はしない。

 本シリーズは、掲載誌によって、クールなタッチの怪異譚(「怪奇篇」)だったり、ギャグを交えた少年漫画風のドタバタ劇(「冒険活劇篇」)だったりするのが特徴の1つだが、今回の「猟奇篇」では、絵も内容も、“原点”ともいえる「マンガ少年版」のノリに近づけている。最初期のファンも楽しめるだろう。

猟奇的なビルドゥングスロマン

 第5位には、大越孝太郎の『天国に結ぶ戀』を選んだ。同作は、2000年代初頭に、伝説の漫画誌「ガロ」で連載された作品だが、今年刊行された単行本は、作者による加筆修正が施された「新装版」だ。

 主人公は、「虹彦・ののこ」という「癒合双体兒」の兄妹。大正12年9月、帝都を襲った未曾有の大地震(関東大震災)の陰で、見世物小屋に売られた彼らの数奇な運命を描いた、少々過激なビルドゥングスロマンだが、注目すべきは、作者の、残酷で暴力的な世界に惹かれつつも、それでも最後にはマイノリティの側に寄り添おうとする姿勢だろう。

 なお、今年の10月12日、同書の版元でもある青林工藝舎の社長・手塚能理子氏が亡くなった。「ガロ」編集部(青林堂)在籍時から、数多くのオルタナティブ・コミックの描き手たちを発掘・育成してきた編集者だった。ご冥福を祈る。

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