WEBコミックで“フェイクドキュメンタリー”が好調 人気ホラー漫画家・洋介犬氏に聞くトレンドの理由

 WEBコミックの市場において、好調なジャンルといえばホラー漫画である。現在は令和のホラー漫画ブームと言っていいほど、あらゆるレーベルでホラー漫画が掲載されている。書店を覗くと、ホラー小説、怪奇小説がベストセラーにランクインし、YouTubeではホラー系の動画が投稿されているし、ホラーを題材にしたイベントも開催されている。

 また、『バイオハザード』シリーズ以降、ゲームの一ジャンルとしても定着しているホラーゲームは、近年も『8番出口』『サイレントヒルf』などのヒット作が誕生している。『8番出口』は実写映画化されてヒットしたのも記憶に新しい。恐怖を味わいたいという思いは、普遍的な感情なのかもしれない。

 さて、昨今のWEBコミックの市場でじわじわと存在感を増しているのが、いわゆるフェイクドキュメンタリー系のホラー漫画であるという。連載を4本抱える人気ホラー漫画家の洋介犬氏に、昨今のホラー漫画の流行及び現状について話を聞いた。

「カドコミ」で連載中の漫画『ヤバイヒトR』は、洋介犬氏が描く“今そこにある”リアルホラーオムニバス。心当たりはありませんか? あなたも『ヤバイヒト』が寄って来る体質じゃないかって…?

 

■フェイクドキュメンタリー系ホラー漫画のブームが来ている

――現在のホラー漫画の潮流は、どのようになっているのでしょうか。

洋介犬:いわゆるフェイクドキュメンタリー系のホラー漫画が、波として大きいです。この流れは、1999年に公開された映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』から現在まで、脈々と続いている印象があります。

 この映画はいわゆる一人称視点なのですが、高い支持を集めて、今まではホラーを輸出していた日本がこのスタイルを輸入するようになりました。このブームに乗って、“本当にあった”ことと謳うホラービデオが流行し、多数の作品が生み出されました。

――確かに、2000年代はホラービデオが盛んに制作されていました。

洋介犬:実際にレンタルビデオ屋でも回転率が高かったそうですよ。また、ニコニコ動画の一挙放送のなかで異彩を放った作品といえば、『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』です。これが『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』からの流れを汲んだフェイクドキュメンタリー系のホラービデオで、純粋に面白いんですよ。

 それまでのホラービデオは、“創作だけれど実話だと思ってね”という体で発表されていました。ところが、『コワすぎ!』はフィクションだ、創作だ、と半ば開き直っているかのようなスタイルで面白いものを出したのです。これは画期的でしたね。監督の白石晃士さんはその後、ホラー映画界のトップ監督になりました。

■小説やイベントにもブームが波及

――そして、近年はフェイクドキュメンタリー系のホラー小説も多く見られます。

洋介犬:小説投稿サイト「カクヨム」発の『近畿地方のある場所について』(背筋/著、KADOKAWA/刊)などが大ヒットして、今やメディアミックスが盛んになっていますよね。今も、「カクヨム」ではフェイクドキュメンタリー系がとても強く、ホラー小説のランキングで上位を占める作品が多いです。

 フェイクドキュメンタリーは、最初からフェイクであることを隠さない、実話創作系のホラーです。『近畿地方のある場所について』はコミカライズと映画化されたことでさらに人気が高まり、今や、フェイクドキュメンタリーが漫画業界では新興勢力として登場しています。次に来る、ホラー漫画ブームといえるのではないでしょうか。

――フェイクドキュメンタリーを題材にしたイベントや展示会も行われていますね。

洋介犬:株式会社闇というホラーエンタメ系の企業が、「行方不明展」や「恐怖心展」など、フェイクドキュメンタリーの展示会などを仕掛けています。こうした試みも、ホラーブームを盛り上げていると思います。

 まとめると、現在は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の流れが受け継がれ、日本固有の怪談文化と混じり、フェイクドキュメンタリー系のホラーが伸びつつあるというわけです。僕はあまりZ世代という言葉は好きではないのですが、若い世代は、フェイクでも面白ければいいじゃない、という柔軟な感覚の人が多い気がしますね。

 一方で、その前の世代のホラー愛好家は、実話じゃないと価値がないと考える人たちもたくさんいます。とはいえ、様々な媒体で多様なジャンルのホラーが楽しめるという意味でも、今は凄くいい環境だと思います。

■なぜ、漫画でフェイクドキュメンタリーなのか

――フェイクドキュメンタリー系の漫画が支持される要因はなんでしょうか。

洋介犬:純粋に小説でフェイクドキュメンタリーが受けているので、漫画にも流入しているのだと思います。もちろん、まだまだSNSでは“実話信仰”はありますし、漫画ではレディースコミックなどでは実話系が根強い人気があります。

 しかし、先ほどお話したように、若い世代はフェイクドキュメンタリーを純粋なエンタメとして許容できています。若い世代の支持が広がっていますから、どんどんフェイクドキュメンタリー系の漫画が増えていくと思いますよ。

――絵柄などの特徴はありますか。

洋介犬:現時点ではコミカライズが多いので、原作に準じたリアル系の絵柄が多いと思います。いわゆるアニメっぽい絵ではなく、「実話ナックルズ」に載っていそうな絵柄、とでもいえばわかりやすいでしょうか。

 実話怪談のコミカライズよりも、フェイクドキュメンタリーのコミカライズの方が、絵柄のリアルさにこだわっている傾向があって面白いですね。ただ、かわいい絵柄で描かれるフェイクドキュメンタリーもありだと思っています。

――洋介犬先生のような絵柄の、フェイクドキュメンタリー系の漫画があっても面白そうです。

洋介犬:ちなみに、僕がホラー漫画を描き始めた2005年前後は、ホラー漫画界では1980年代の少女漫画風の絵柄が多数派でした。僕は当時、等身が高くないコメディ漫画のような絵柄でしたが、「お前の絵柄でホラーを描くな」と言われましたからね。

 その後、『でろでろ』『ミスミソウ』『サユリ』の押切蓮介さんや、『ひぐらしのなく頃に』の竜騎士07さんの絵柄が広まって、潮目が変わったと思いますね。かわいい絵柄のホラー漫画が増えてきたのです。その流れを受け、ホラー漫画の絵柄は多様化が進んだと思います。

■ホラー漫画の需要がWEBコミックで高い要因

――洋介犬先生は多数のホラー漫画の連載を抱えていますね。

洋介犬:ホラーをメインに連載を4本持っていますし、新作2本を準備中です。そして、ホラー漫画を掲載しているWEBコミックのサイトも、多いと感じています。電子書籍とホラーはめちゃくちゃ相性がいいと思うんですよ。

 電子書籍では怖い隣人などを扱った“人怖(ヒトコワ)”系のホラーが受け入れられる土壌がありますし、実際、どのレーベルでも一定数の需要がありますね。

――なぜ、そんなに相性が良いのでしょう。

洋介犬:おそらく、コアな漫画好き以上に、ライトな漫画好きの共感を集めやすいのだと思います。特に、腹が立った相手をやっつけるとか、ブラック企業や毒親系の漫画は、普通の日常生活を送っている人ほど共感しやすいと思います。

 社会人の不満解消の代用としても、電子書籍のホラー漫画は機能している面があります。だって、電車に乗っていて酔っ払いに絡まれても、リアルではその不満は解消できないじゃないですか。でも、漫画で相手にリベンジする内容が合ったら、少しでも溜飲が下がりますよね。それも一種のエンタメの役割だと思います。

――ちなみに、洋介犬先生の漫画は、どんな層に読者が多いのでしょうか。

洋介犬:男女比率は同じくらいですね。老若男女の差もそれほどありません。僕の絵柄はニュートラルなところがあって、新しくも古くもないので、ホラー漫画の入門編としても機能している面があるようです。

 以前からよくお聞きするのですが、編集部に持ち込みに来る新人さんが、僕の影響を受けてホラー漫画を描いてみたという人がいるそうです。とてもありがたいことだと思っています。

■ホラー漫画は世代を超えて支持を集める

――洋介犬先生のご自身の作品で、一押しのホラー漫画を挙げていただけますか。

洋介犬:現在、カドコミで連載中の『ヤバイヒトR』を推させてください。この漫画は僕が評価いただいている“サイコホラーオムニバス”に特化したもので、超常現象的な要素はほとんどなく、リアルにそばで起こりそうな“ヤバイヒト”たちの恐怖を描いています。

 でも、時々「ヤバイヒトと思ったけど実は…?」とホロリとさせたりもする意外性も含ませているので、ぜひお楽しみいただければと思います。

――ホラー漫画を描くうえで、読者に恐怖心を抱かせるため、表現やセリフなどで工夫している点はありますか。

洋介犬:パワーワードを意図的に使うことでしょうかね。セリフなど、文法の正しさやわかりやすさよりは、強く魅力的でキャッチーな単語を挟んだりして、読者を引きつけることを重視しています。ネットミームではないけれど、「えっ」「どうしたどうした」となるような言葉を選んで、差し込むのです。

 例えば、「いやがらせ」と書くよりも、「粘着ストーカー」や「カスハラ」と書く方が、現役世代が自分たちの問題として受け入れてくれるのです。他人事ではなく、自分のことだと臨場してもらえるよう、読者のみなさんが気になる言葉を入れるのがポイントですね。

――それにしても、ホラーって夏のイメージが強かったですが、今ではもう季節と関係なく、年間を通して愛されていますね。猛暑が続いているのとは、あまり関係ないかもしれませんが(笑)。

洋介犬:季節も関係なく支持されていますよね。確かに、一昔前は夏じゃないとホラー漫画を出さないというような風潮もありましたが、今では冬なら雪山遭難のサイコホラーがシンパシーを盛れますし。表現の幅も大きく広がっていると思います。

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