江口寿史のイラスト騒動、弁護士に聞く著作権/肖像権の論点 「独自の解釈とタッチで表現しているものも多い」

 漫画家・イラストレーターの江口寿史氏が、ルミネ荻窪が10月下旬に開催するイベント「中央線文化祭」の告知ビジュアルとして制作したイラストについて、SNS上の写真を無断で参考・利用したとの指摘があり、江口氏の他のイラストについても同様の指摘が相次いでる。江口氏は一部案件で事後承諾・解決済みと説明したが、これまで手がけてきた企業・自治体の案件にも波及し、各社が対応を発表する事態になっている【2025年10月9日現在】。

 今回の騒動において、法的にはどこが問題になり、何が教訓となるのか。弁護士の小杉俊介氏は、「著作権や肖像権は権利者の個人的権利であり、当事者間で話がついている限り、第三者がどうこう言うことではない事案」として断りつつ、次のように述べる。

「あくまで一般論ですが、判例では、著作権侵害が認められるためには類似性が認められる必要があり、類似性の判断基準は『既存の著作物の表現上の本質的特徴を直接的に感得することができるか否か』とされています。絵について、既存の写真の著作権を侵害しているか否かが争われた裁判例もあります。祇園祭写真事件(写真をもとに作成された水彩画を新聞広告やポスターに使用したことが、写真撮影者の著作権を侵害しているか争われた件)では、『本件水彩画の創作的表現から本件写真の本質的特徴を直接感得することができるというべきである』と判断されました。

 今回のケースについて意見は様々だと思います。裁判例を踏まえた私の意見としては、今回問題となったイラストは、顔の角度・顔とカメラとの距離・顔を見上げるカメラの目線と被写体の視線の角度、被写体の髪型や顔のパーツの捉え方など写真の独自性がほぼ再現されているように見え、『写真の本質的特徴を直接感得できる』という印象を受けます。あくまで仮定の話としてですが、仮に訴訟になっていた場合、著作権侵害が認められていた可能性は一定以上あったのではないか、と思います」

 被写体の肖像権・パブリシティ権の面では、どうだろうか。

「被写体個人の肖像権や、著名性がある場合のパブリシティ権(肖像等の顧客吸引力の専有利用権)も問題になり得ます。個人の肖像などは個人の人格の象徴として、他人にみだりに利用されない権利があるとされています。個人の肖像が無断で商業広告に展開されたとすれば、人格的利益の侵害が認められる余地があります。今回のケースも、仮に被写体自身が問題視するのであれば、やはり人格権の侵害となる可能性は一定以上あると言わざるを得ません」

 一方で、今回の件と江口氏の他の件はあくまで切り離して論じられるべきだと、小杉氏は続ける。

「世の中の指摘のなかには、ポーズや服装の類似で一律に『トレパク』として問題視する向きもありますが、大量生産の衣服や人間のポーズの種類は限られており、そこでの一致は通常、著作権の保護対象にはなりにくいです。今回の焦点は、写真の創作性(構図)とその再現度にあります。今回の写真は人間の外見的個性が集中する「顔面」をクローズアップする創作性の高いもので、例外的なケースに見えます。江口氏のほかのイラスト作品を見てみると、基になった写真はありながらも、独自の解釈とタッチで表現しているものも多いため、他の作品が問題という見方には与しません」

 また、今回の騒動はSNS時代だからこそ留意すべき点があり、創作者は時代の変化を意識する必要があると言う。

「かつては写真の流通が印刷物等に限られていた。しかし今は誰もが創作性の高い写真をSNSで発信する時代です。『街で見かけた人に基づいて描く』の延長線で、SNSで見かけた写真を扱う発想は通用しません。一般ユーザーの写真にも創作性と権利があり得るという意識が重要だと思います」

 繰り返しになるが、著作権や肖像権はあくまでも当事者間の問題とのこと。権利は守られるべきものであり、江口氏の作品発表のプロセスにはたしかに問題もあったかもしれないが、行き過ぎた社会的制裁や誹謗中傷もまた慎むべきだろう。

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