Jが初の自伝『MY WAY』に込めたLUNA SEAへの思いーー今井智子が聞く、栄光と苦悩、そしてこれから

J『MY WAY』(リットーミュージック)

 結成35周年を迎えたLUNA SEA。そのベーシストにしてソロ・アーティストとしても活動を続けるJが、自身の半生を綴った初の本格自伝『MY WAY』(リットーミュージック)を上梓した。本書は発売直後から大きな反響を呼び、3刷の重版が早くも決定している。

 東京ドームでの35周年記念公演を起点に、幼少期からバンド初期の熱狂、栄光の裏に潜む葛藤と挫折、そして「終幕」という決断の真実が赤裸々に語られる。さらにソロ活動によって見つめ直した自分自身の姿や、LUNA SEAとしても再び歩み出す現在の心境まで、過去と現在を繋ぐように丁寧に描かれている。そこには、これまで語られることのなかった苦悩や両親との別れといったプライベートな時間も含まれ、ひとりの男の姿が刻まれている。

 「すべては今につながる物語」というJの言葉は、読む者に深い共感と新たな発見をもたらす。唯一無二の存在として歩み続けてきたJが、なぜ常識に縛られず自らの道を選び続けられたのか。その背景にはどのような哲学や信念があったのか。音楽シーンを牽引してきたJが今だからこそ語れる言葉の数々は、LUNA SEAファンのみならず、多くの読者に強い余韻を残すだろう。好評を博し重版を重ねる『MY WAY』。その制作経緯と書籍に込めた思いを、音楽ライターの今井智子がJに聞く。

■自分の身に起きた様々なことを本にするタイミング

ーー『MY WAY』出版おめでとうございます。ご自身のこと、LUNA SEAのことを忌憚なく語られていて、様々な思いを新たにしました。これを出されようと思ったきっかけは何かあったんでしょうか。

J:ちょうどLUNA SEAとして、今年2月に東京ドーム公演でファイナルを迎えた35周年ツアーを去年1年かけて行っていたり、自分のソロでも節目の年が来たり。このタイミングで自分の身に起きた様々なことを本にしておくことはいいんじゃないかと。自分にとってもね。

ーーこれまでにもメンバー以外の執筆によるLUNA SEAヒストリー的なものは出版されていますが、当事者であるJさん自身が語ることで、読者の皆さんにお伝えしたいこともあったのかと思いました。

J:そうですね。このタイミングだからこそ、色々と感じること思うことを、記しておくことはいいことなんじゃないかと、自分自身で感じたんですよね。バンドを始めてからずっと積み重ねてきたこと、当時は見えなかったこと、当時は感じられなかったようなことも、今では全ては愛おしい感覚になる。いいことも悪いことも、そこには様々なドラマがあって。そんな感覚になっている今だからこそ、全てがポジティヴにつながっていくんじゃないかなと思ったんです。当時の点と点を繋げることが、今ならできるなと感じていたんですよね。同時に、今回の本は一つの読み物としてしっかりと存在させたいと提案させてもらったんです。そしてそれがうまくいけば、しっかりと次に向かうことができるようなものになるんじゃないかと感じながら、作っていました。

■単純な暴露本ではない、今につながる物語

ーー読んでいて、これが着地点ではなく、これを語ることで未来を見ようとしていると感じていましたが、そういうことだったんですね。

J:嬉しいですね、一つ思っていたのが、単純な暴露本みたいなものじゃないんだよってことです。あの時こうだった、それは何故なんだ、こうだったから、と全てのストーリーが今につながっていると思うんです。いいことも悪いことも。ロックバンドの一人の人間が、どういった視点で、どういったところに立って、どう感じているか。みんなも興味深いんじゃないかなと思ったし、逆にいうと、僕らみたいな様々な経験をさせてもらうなんてことは、なかなかないことだと思うので、そのとんでもなさを楽しんでもらえるのかなと思ったところもあるんです。全てが音楽を通じて起きた本当の物語であって、そのど真ん中にいたことが自分でも本当に不思議なんですよね。この中にはたくさんのそんな物語があります。LUNA SEAの始まったころや終幕のこととか、当時の曲を作っていた思いとか、「ROSIER」が生まれるきっかけになったこととか、当時のことがたくさんね。

ーーその中で楽しいお話、美しい物語だけではなくて、Jさん自身が苦しんでいらしたことも記されています。そうしたことを語ることへの抵抗はありませんでしたか。

J:不思議と、35周年をLUNA SEAがむかえて、1回自分の気持ちを整理しておくというのは、次に向かうエネルギーに変わっていくと思ったんです。あの時はこうだったんだよね、というだけで終わらないというか。あの時こう思った理由がこうなんだ、だからここにいるんだ、ということに繋がっていく。でも、そんな物語の途中に僕はまだいるんですよね。だからこの本が出せたのはすごい幸運だし幸せなことだと思っています。LUNA SEAって、とても人間臭いバンドだよなって、35周年ツアーをやって感じていたところでもあります。本当にバンドってこうだよな、みたいなところを、この本で感じ取ってもらえるんじゃないかと思います。

■僕らの物語がさらに強くなっている

ーー他のメンバーの皆さんにも話したことのないことだったりするのではと思いますが、皆さん読んで驚かれたりするのでは?

J:(笑)他のメンバーにもあまりそういうところは見せないタイプですし、この本で語っていることは、初めて公にすることも多いかもしれないですね。でもいまはそれをオープンにすることによって、さらに立体的になって、僕らの物語がさらに強くなっていってる感じがするんですね。当時のシーンというか世の中自体、ものすごい熱量があって、とんでもない時代を僕たちは生きてきた。もちろんそれを巻き起こしたのは僕らでもあるんですが、僕らだけじゃなく、様々なバンドがあって、シーンがあって、ファンのみんながいてくれたから。だから様々なドラマが起きて、とんでもないことが僕らの周りに起きたんです。まるで奇跡のような。

ーーLUNA SEAの終幕までの10年は本当に濃いなんて言葉では言い表せない時間を過ごされていたと思いますし、他ではあり得ないことを乗り越えることがLUNA SEAの原動力だったのではと思ったりもします。振り返ってどんな風に感じられますか。

J:今思うと、どんな物でも一番先頭を走っていれば、いろんな抵抗を受けますよね。風も雨も日差しも。そういう場所に僕たちは、あえて身を置いて、突き進んでいた感じがすごいします。この本にも書いたことですけど、誰でもない僕たちを探し続けた、バンドが始まった時からの哲学というかフィロソフィ、そういったものが、バンドをそうさせていたんだと思う。今だにそうです。そういう意味ではLUNA SEAって最高に面白いバンドだなと思うし、全てにおいて挑戦だったし、いまだにその旅は続いているんですよね。

ーーLUNA SEAはリーダーがいないバンドで、全てを5人で決めていたそうですけど、Jさん自身のバンドへの愛情という部分も含め、バンドの牽引力になろうという思いをお持ちだったのかなと思いましたが、どうだったんでしょう。LUNA SEA以前に、JさんはAIONのローディをやっていたりして現場経験がおありだったことがプラスになっていたのかなと思いますが。

J:それはすごくありましたね。色んなことを学ばさせていただきました。当時はライヴハウスも今と違って厳しかったですからね、新参者には(笑)。でもバンドがつぎに向かう場所、つぎに向かう世界みたいなものは、それぞれが創造していくものだと思うんで。ただ経験値とか知識とか嗅覚、そういったものはなぜか自分自身でもいつからかわからないけど備わってた気がして。そっちじゃない、こっちだよ、ということを、いうことが多かったかもしれない。

ーー今のように情報が多くないですから、経験値のあるなしは大きかったんでしょうね。

J:だから僕らはすごくいい時代を過ごさせてもらったんだと思うんです。演奏に関しても、ものすごいジャッジされましたし。それはいい意味で、バンドとしての実力、ポテンシャルみたいなものも、そこには絶対に必要なんだということを学んだし、登りつめていくには個性も必要だし。この本にもありますけど、当時は本当にとんでもない個性的なバンドばかりのシーンの中で、じゃあ俺たちどうやってこの世界を登りつめていけばいいんだろうって本当に考えていました。ライヴハウスでもそれぞれ色々なルールがあったりとか、僕がスタッフとかもやっていたので少し知っていて、そういったことをメンバーに伝えたりもしましたね。がむしゃらにやらなけりゃダメだし、がむしゃらにいく先を自分たちで明確に見えていなければ埋もれてしまう世界でもあるし。

■みんなが全部ひっくり返してやろうという時代

Jの貴重なライブ中のカットも掲載されている。『MY WAY』の紙面より

ーー当時の目標はどんなものだったんでしょう。

J:僕らの時代は、絶対に有名になってでっかくなってやる、いつの日か武道館でライヴやってやる。僕らがやり始めた頃は東京ドームができていましたけど、東京ドームで絶対プレイするんだ、ということはいつも考えていましたね。同時に、音楽的な部分でいうと、自分たちにしかできない音楽を出し続けていきたい。というのはありましたね。

ーーそれを実現していった10年だったんですね。

J:今考えるとものすごい勢いで全てが起きていた。ライヴとリハーサルと曲作りと打ち上げと(笑)そんな日々でしたからね。当時の熱に浮かされたような日々の、エネルギーがエネルギーを呼び起こしていくんですよね。その中で出会って本当にお世話になった、hide兄にしてもYOSHIKIさんにしてもそうですし、他の諸先輩方も。当時って、シーン全体が世の中に向かって爪痕を残してやろう全部ひっくり返してやろうみたいなエネルギーがあって、バンドもレコード会社の人もスタッフも、ライヴハウスの人や雑誌の人たちもそう、みんながこの世界を全部ひっくり返してやろうとしていたような感覚がすごくあるんですよね。

ーーそれができると皆が信じていた時代でした。

J:そうなんですよ、そのパワーたるや本当にすごかった。思い返してみると、僕たちが経験していたことって、本当に音楽に新しいジャンルが生まれた瞬間だったんじゃないかな?と思うことがあるんです。今は言葉で収まらないほど多様な音楽もあるし、その一言ではくくれないものではあるんですけど、世界中でこの日本にしかなかった音楽が生まれた瞬間を僕たちは、見て感じて、いたんじゃないかな。まさにみなさんがおっしゃるヴィジュアル系というものが生まれた瞬間だったんじゃないかと。

■ソロ活動発表当時の心境

ーーそうした時代でLUNA SEAに100%、Jさんは自分を投入してやってらした中で、突然ソロ活動をやることになる。その時に「居場所がなくなるような感覚」だったとおっしゃっていますが、それはどういう感覚だったんでしょう?

J:そうですね……。97年に初めてソロをやったタイミングというのは、メンバーの中からソロ活動をしたいということをきっかけに始まったことだったんですね。当時の僕の思いとしては、ソロ活動に時間を当てるんじゃなくて、バンドとして更に突き進んでいきたいと思っていたんで。今でこそ理解ができるんですけど、当時は「なんで?」という思いの方が強かった。それまで5人でやってきた以外のことをやったことがなかったから。当時を思い返してみると、僕たち自身バンドとして一つのものを作り上げていく中で、お互いに何かを突きつけあっているような、そんなテンションの日々だったこともある。何が正解か不正解か僕自身わからないですけど、息が詰まってしまうような瞬間もあったと思う。

 そういった流れの中でそれぞれがソロをやって、そこで自分自身を見つめることができたのは、次の答えをみつけるために必要だったと思う。僕は自分自身の、Jというやつを作った音楽、ルーツに忠実なロックをプレイする、そんなアルバムを作るんだと。あの時は日本の情報を全てシャットアウトして没頭していたんですよね、ロスアンジェルスでガンズのスラッシュとか、とんでもないロッカーたちと出会ってプレイして、言葉悪いですけど第一線でやっているクレイジーでロックな連中との出会いなど、自分が初めて確信を持って得られたロックミュージックの答えみたいなものが、今も心の中に、体の中に刻まれています。あの時に期間を決めてそれぞれソロをやって。今それぞれが成り立っている部分もあるので、不思議ですよね。

■決着をつけに行く

東京ドームのステージに立った心境を著した『MY WAY』の紙面

ーーLUNA SEAは終幕を迎え、Jさんはソロ・アーティストとして活動を開始されて今に至ります。先ほどおっしゃられたようにその後LUNA SEAは何度か活動を再開し、そして今は再び活動が続いています。この25年間にバンドとソロとの距離感は変わってきたのでしょうか。

J:2025年2月の35周年の東京ドームのライヴに対して、僕はずっと言っていたんです。「決着をつけに行くんだ」と。僕ら終幕の後も何度か東京ドームやらせてもらってきたんですけど、終幕は終わってなかったのかもしれないなと。いまだにみんながあの当時の、どうしようもないトラウマというか、バンドとして燃え尽きて行く彗星のようなスピード感の中で、バンドの生き様を見ていた感覚がそれぞれの中にある。結局それをぬぐいきれないままずっと来ていたんだと思うんですよ。

 でも今回35周年ツアーで回って、掛け違っていたボタンみたいなものが、綺麗に整っていくような感覚があったんですよね。俺たちってこうだったんだよなって。当時の曲がいまだに輝き続けている。その大きな流れの中で東京ドームを迎えて。僕としては様々なネガティヴをポジティブに、オセロの黒が白にバーン!と一瞬で変わるような、そんなライヴにしたいと思っていました。結果本当に素晴らしいライヴになって。終幕という大変なことはあったんだけど、「ホント大変だったよな」と言えるような場所に今は辿り着けたんじゃないかという感覚が、すごくあるんですよね。軽い意味じゃないですよ。今があるからこそ、全てが受け入れられるような場所に、僕たちは辿り着けているのかなという気がします。

■J、そして小野瀬潤の生き様

ーーそれほど充実したLUNA SEA35周年のツアー中に、Jさんは最新ソロ作『BLAZING NOTES』を制作しリリース、さらに2月の35周年ツアーが終わった直後に、ソロ・アルバムのツアーをスタートさせていましたね。その休みなく動き続けるエネルギーはどこから来るんでしょう?

J:(笑)結構休んでるんですけどね。自分の中の生き様、Jという奴、小野瀬潤という奴の生き様は、そう言った活動の中に現れていると思います。自分自身でそれを楽しんでいるというか。東京ドームにあった熱を3日後にライヴハウスに持ち込んで、さらにその熱を次の会場に持ち込んで、みたいに。純粋にロック・ミュージックが好きだということ、そこからいろんな物語が生まれて今に至るんで、その全てに感謝して、何かできるのであれば、触れてくれたみんなに何かプレゼントしたいなって思いながら、いつもプレイしています。音楽って全部つながっている感覚になる時があるんですよね。今この瞬間も世界をぶっ飛ばすような音楽が生まれてるかもしれないと思うと、ワクワクしてしょうがない。今は楽器がなくても才能さえあればこの世界をぶっ放す曲が作れる可能性もあるわけだから。そんな時代に生きていて幸せだなと思います。

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