『崖の上のポニョ』が“問題作”と評される理由 「圧倒的な肯定感」を藤田直哉が読む

 宮﨑駿監督のアニメ映画『崖の上のポニョ』が、本日8月22日21時より金曜ロードショー(日本テレビ系、金曜午後9時)にて放送される。ノーカット、15分拡大放送となり、放送時間は23時9分まで。

 『崖の上のポニョ』は、さかなの子・ポニョと5歳の男の子・宗介が繰り広げる大冒険ファンタジー。原作・脚本・監督を宮崎駿が手がけ、音楽は久石譲が担当している。2008年に公開された作品で、宮﨑駿監督のアニメ映画としては、2004年公開の『ハウルの動く城』と2013年公開の『風立ちぬ』の間の作品となる。

 藤岡藤巻と大橋のぞみが歌う楽しげな主題歌や、デフォルメされた「ポニョ」のイメージから、子どもから大人まで楽しめるハートウォーミングな作品として知られる『崖の上のポニョ』だが、実は宮﨑駿の転換点となった問題作であると同時に、その作家性が強く表れた傑作とも評されている。宮﨑駿の思想的変遷を追った評論集『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』(blueprint)の著者であり、日本映画大学准教授の藤田直哉氏に、『崖の上のポニョ』の評価を聞いた。

「『崖の上のポニョ』はアニメーションの面から見ると、背景も含めてぐにゃぐにゃと動くダイナミックな映像が特徴です。これまでの宮崎駿作品とは異なり、キャラクターや背景を簡略化することで、海や波といった自然を生き生きと動かすことに成功しています。宮崎作品の中でも最も動画的な迫力が強い作品だと思います。

 主題面で言えば、宮崎自身が肯定感が非常に強い作品と語っています。しかし、ずっと宮崎は人類の未来や科学文明に対して批判的で、核兵器や環境破壊などに悲観的な意識を持ち続けてきました。「肯定しよう肯定しようって変わっていきながら、一方では日常的にはね、もう度し難いっていう気分はますます強くなってくるんですよね」「この国は駄目だってところに帰って来ることは簡単なんです」(『折り返し点』p302)という発言もあります。しかし子どもたちに向けては絶望を語らず、この世界には生きる価値があると伝えようとしてきた。その姿勢が最も強く現れているのが『ポニョ』です。制作中に「でも肯定的なメッセージを作ろうとは思ってやってないんだ。かなり皮肉に作ってるはずが映画を作っているうちに浄化されていったんですよね。それで最後は『こんな底抜けな肯定でいいんだろうか?』って感じで終わっちゃうという」(『続・風の帰る場所』p29)風になったと本人が振り返るほどの肯定感に満ちています」

 一方で、「世界に対する圧倒的な肯定感」について、藤田氏は以下のように指摘する。

「私は著書『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』で、宮崎作品を「人類や科学文明への否定(罪)」と「自然や生命への肯定(祈り)」に分けて論じました。『ポニョ』は後者の典型で、自然=母性的な存在に抱きとめられる物語です。登場するグランマンマーレは海そのものであり、災害や汚染さえも受け入れて人間とポニョの恋を肯定していく。非常に幸福感の強い作品です。

 ただし、本作に描かれる自然は「破壊的な自然」でもあります。魔法使いの父・フジモトが作り、ポニョがこぼした「命の水」が引き金となって大津波が起こり、その上をポニョが走るシーンは象徴的です。人災でもあり、公害を思わせますよね。本作は、人災+自然災害の合成された災厄なんですね。優しく安らぐ自然だけでなく、死や破壊をもたらす自然も含めてすべて肯定している。この点に危うさも感じます。後半では老人ホームが水没しますが、リアリズムで考えれば全員亡くなっているはず。それを含めて『肯定』する境地に立つ点が特徴的であり、問題をはらんだ作品でもあると思います」

 2011年に東日本大震災が起こったことも、本作の評価を難しくしたと藤田氏は続ける。

「日本文学・文化研究者のスーザン・J・ネイピアは、『津波時代のポニョ』の中で、東日本大震災後に『ポニョ』を見て、現実の災害と比べたとき、この作品の全面的な肯定は本当に妥当なのかと宮﨑駿に問いかけています。宮崎は2008年の能登地震を経験し、被災者のたくましさを見て「で、みんながへこたれてないっていうね。能登半島の地震の時にペッシャンコに潰れた家の前でおじいさんが『いやぁ、全部潰れちゃいましたよ、あっはっは』って言ってる映像を観て、ものすごく嬉しかったんですよね」「みんな無くなっちゃったから一生懸命やっていこうっていう」(『続・風の帰る場所』p43)と発言しています。『ポニョ』では、災害や人災も含めて全てを受容しようという肯定感が最高潮に達しています。しかし、2024年の能登の地震の復興がなかなか進まない現実を見ていると、そのような生命のレジリエンスに対する過度の信頼もまた問題かもしれないと思います。それは、個人史と戦後史から来る創造性への期待なのだと思いますが。

 その後、宮崎は東日本大震災をきっかけに「だからファンタジーはね、今できないんですよ。(中略)陰々滅々としたファンタジーもね、キラキラしたファンタジーもね、両方とも嘘になる。そういうとこに僕らはいると思ってます。それは原発事故の前から、リーマンショックがあった時から、来ると思いました、ファンタジーは作れない、と」(『続・風の帰る場所』p182)とまで語り、戦争映画とも言える『風立ちぬ』を作ります。『ポニョ』で絶対的な肯定を示した直後に、夢を追い続けそれを叶えた結果として国を滅ぼし妻も失うという、自己否定ともいえる転換を遂げます。子供がこれを見て希望を抱いたり励まされたりはしないですよね。宮崎が世界の出来事に鋭敏に反応し、思想を大きく変えていく姿勢の表れであり、尊敬すべき点でもあります」

 その後のフィルモグラフィーを改めて見ても、『崖の上のポニョ』は宮崎駿にとっての到達点のひとつだったと言えるという。

「災害や人間のあり方に対する哲学的・宗教的理解の中で、絶対的受容という側面のピークが『ポニョ』にあり、その後、現実によって試練を迎えた。宮崎の不思議な運命を感じさせる作品だと思います。ここまで大きく作風を変えるような真摯さと誠実さこそが、宮﨑駿のすごいところだと思います。ポニョが海の上を駆けるシーンは、動画表現としても思想的にも一つの到達点です。もしも東日本大震災が起こらず、宮﨑が『ポニョ』の方向性をさらに突き詰めていたらどんな作品が生まれていたのかとも思いますが、運命というものはそう簡単にはいかないのでしょう」

 宮崎駿にとって大きな転換点となった『崖の上のポニョ』。東日本大震災からさらに14年余りが経ち、さらなる混迷の時代を生きる我々の目に、本作に込められた「世界を肯定する」作風は果たしてどう映るのだろうか。

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