「サウンド&レコーディング・マガジン」編集長・辻太一が語る、雑誌の在り方とコミュニティとの向き合い方

■気鋭の編集長が注目しているトレンドは

デジタルはもちろん、アナログにも興味があると話す辻氏

――近年、注目しているテクノロジーや音楽制作のトレンドがあれば教えてください。

辻:1つめはイマーシブオーディオです。ドルビーの「Dolby Atmos」、ソニーの「360 Reality Audio」、ヤマハの「AFC」などが有名で、立体的な音響空間を作り出す分野です。2つめはAI。アシスタント的な機能を持つものから丸ごと音楽を制作してくれるものまであり、ミュージシャンやサウンドエンジニアがどう活用し、接していくのかに興味があります。

 3つめはライブ音響。特に、スピーカーですね。大規模なコンサートで使用される“ラインアレイ”は、アリーナやドームなどの広い空間で音を均一に拡声することを追求したスピーカーシステムです。ラインアレイは、専用のソフトウェアを使って、スピーカーを設置する前に音響のシミュレーションができるのです。

 例えば、ドームのこの位置ではどのくらいの大きさに聴こえるかなど、事細かに予測ができる。ラインアレイはかれこれ30年以上存在するものではありますが、近年どんどん技術が進化しているので、今後どう進化していくのかが興味深いです。

 4つめは、サブスクの音楽ソースを利用できるDJシステムです。DJのソースにはアナログレコード、CD、USBストレージに入れた楽曲ファイルなどの選択肢がありますが、最近はサブスクの音楽も使えるようになりました。Wi-Fi環境が整っているクラブであれば、特定の曲を持参し忘れたようなときにも、検索してプレイできるのです。

 弱点があるとすれば、Wi-Fi環境が脆弱だと運用面やプレイに支障が出てしまう点でしょう。しかし、そういった点がきちんとクリアされていけば、DJの可能性をさらに拡張していくものになると思います。

――デジタルDJが隆盛しているなかでも、アナログで回す文化もありますよね。そういった再評価的な文化も、誌面で取り上げていきたいと思いますか。

辻:もちろんです。現在、とあるアナログの記録メディアをテーマにした特集をやろうというアイディアが、編集部で上がっています。まだアイディア段階なので実現するかどうかは未定ですが、アナログの分野も大好きなんですよ。

■編集長として「雑誌を極めたい」

――紙媒体ならではの強みを、どのように考えておられますか。

エレクトロニカを特集した「サウンド&レコーディング・マガジン」の別冊ムック

辻:紙媒体の強みは“網羅性”です。7月に発売した別冊ムック「エレクトロニカ・アーカイブス1997-2010 サンレコ総集版」は、エレクトロニカという音楽ジャンルが盛り上がっていた1990年代後半から2000年代の「サンレコ」の記事を厳選し、一冊に再掲・集約したものです。古本屋やウェブでかき集めれば同じ内容は読めますが、一冊にパッケージしていることに意味があります。

 また、サンプラーやシンセサイザーの特集など、一個のテーマを網羅するような特集を作れるのも紙媒体の強みだと思います。その特集にトレンド感を持たせることができるのは、「サンレコ」のような月刊誌ならでは。インターネットより練り上げられた旬の記事を、書籍よりも早い時期に読めるというイメージです。

 ニュースサイトとは違い、毎日記事を作る必要がないため、内容にある程度の深みを持たせることができます。もちろん、動画や速報は雑誌ではカバーしきれません。ですので姉妹メディアのWEBサイト「サンレコ」には誌面連動の音源や動画などをUPし、紙媒体ではできない見せ方を実践しています。

 ただ、僕は編集長として、もっと「雑誌を極めたい」と考えていますね。ネットとの連携を前提にするよりも雑誌そのものを充実させ、極めたい。編集部員は全員そう思ってくれているはずし、そう考えることで雑誌のプレゼンスが上がっていくと思います。

――イベントなど、誌面以外にも様々な展開をされていますね。

辻:雑誌でワンテーマの大特集を作っているので、今後はそれを実際に触れるようなイベントを考えています。「サンレコ」の誌面の世界が、現実に立体として存在するようなイベント、というイメージです。10月4日~5日に「サンレコフェス」がKANDA SQUAREで開催されますが、何かしらのアイディアをその場で実現できると思います。

■感覚を育てるお手伝いをしていきたい

「サウンド&レコーディング・マガジン」2025年9月号

――最新号はゲーム音楽特集で、若い層にもアプローチしている気がします。最新号のテーマや特集で、特に読者に注目してほしいポイントは。

辻:相当マニアックなところですね。例えば、記事で取り上げているサウンドミドルウェアは、ゲーム音楽を作る上で必須のソフトウェアです。どんなものなのかは誌面を読んでいただきたいですが、その仕組みについてここまで深く言及した記事は他の雑誌では読めないでしょう。

 さらに、有名なゲーム会社を複数取材し、各社の音楽スタジオを詳しくレポートした記事も読みごたえがあります。こういった、誰かがヴェールをはがさなかったら見えなかったような部分を丁寧かつディープに記事にしています。特集だけで合計64ページあるマニアックな誌面を、ぜひ堪能してほしいですね。

「サウンド&レコーディング・マガジン」2025年9月号の誌面より
「サウンド&レコーディング・マガジン」2025年9月号の誌面より

――特集以外でもおすすめの記事はありますか。

辻:二宮和也さんが、『○○と二宮と2』というカバーアルバムをリリースしました。そのアルバムに関するインタビューを掲載していますが、そこには二宮さんが一切登場せず、アルバム作りに関わった実作業者が制作工程を詳しく語っています。

 普通なら、二宮さんご本人が登場すると思いますよね? ところが、「サンレコ」は制作陣や裏方が出てきて深い話をする。ある側面で、弊誌のスタンスを象徴する記事なので、注目していただければと思います。

――読者に対し、どのような音楽制作のインスピレーションを届けたいと考えていますか。

辻:これだけ専門的で、時には難解な記事を作っていながら言うのもなんですが、音楽は最終的に、直感や感覚を頼りに作るものだと思っています。優れた感覚が、優れた音楽を生み出す源泉と言えます。どんなに優れた機材や理論があったとしても、そのミュージシャンに優れた感覚がなければ、いい音楽はできないと思います。

 読者の方々には、感覚やピュアな衝動を大事にして音楽を作ってほしいと願っています。そうした思いを汲みながら、今の音楽界では何がトレンドで、どんな機材が流行っているのかといった情報を提示していくのが、我々の仕事。感覚を育てるお手伝いをしていきたいと思いながら、編集しています。

「サウンド&レコーディング・マガジン」2025年9月号の紙面より

■クライアントに恵まれている

クライアントとの良好な関係性があるればこそ、さまざまにチャレンジした企画もつくりやすい

――雑誌はクライアントがあってこそマネタイズができるメディアだと思いますが、専門誌ゆえの悩みなどはあるのでしょうか。

辻:ありがたいことに、弊誌は恵まれていると思います。しかし、そうした状況に甘えているわけではなく、例えばタイアップ企画の際は「こういう見せ方をすれば読者によりよく伝わるのではないか」「読者に対してこうコミュニケーションを取れば効果的だろう」などと、クライアントに様々な提案をします。その対読者の目線をご理解いただき、コンテンツ制作を任せてもらえていることに大変感謝しています。

 そしてタイアップでも編集記事でも、取材対象の魅力をわかりやすく伝えていく方針は変わりませんし、真摯に誌面を作っています。それが、クライアント各社や読者の方々から信頼してもらい続けられる理由なのかなと思います。

――「サンレコ」を世界に向けて、発信していく構想はありますか。

辻:今のところは考えていなくて、あくまで日本の市場をターゲットにしています。ただ昨今、一部のアーティストはアジアや欧米のマーケットに向けて発信していますね。ダンスミュージックのDJやプロデューサーはもとより、J-POPでも藤井風さんが全編英詞のアルバム『Prema』をリリースされる予定です。

 こういった動きは現代的な潮流として記事にしていますし、今後も取り上げていきたいと思います。海外のシーンやマーケットでの活躍、成功を報じることは、日本の音楽業界の未来にとっても有益だと考えていますので。

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