「幽落町おばけ駄菓子屋」蒼月海里、新作の舞台は文明崩壊後の世界ーー『星空都市リンネの旅路』が描く「神」と「信仰」
終末の先に描き出されるのは、人の信頼が繋ぐ希望
もちろん、読者の期待を後押しするのはいきいきとした掛け合いだけではない。小型宇宙船で《リンネ》と《エリュシオン》を行き来するふたりの旅を通して、作中ではさまざまな終末後の世界が描き出されている。
既に人の気配はない廃棄された工場や、終末前の知識を残した図書館跡。キリの故郷であり苦い戦争の爪痕が残る海上要塞の跡地や、終末以前から特異なしきたりによる自治をくり返してきた因習村……。一つの惑星に点在する共同体はそれぞれ異なる生活を形成しており、その描写には奇妙な謎が見え隠れする。いびつな異形の像や旧世界のオーパーツといった形で潜むのは、世界の成り立ちに関わる「神」の存在だ。
次第に明らかになる「神」の謎を求めてとあるキャラクターが単身危険に身をさらし、端々で仄めかされていたリンネの秘密が明かされるのを皮切りに、物語は急転する。そこから結末にかけての展開は、緻密に構築された物語の面白さをこれでもかという程に味わわせてくれる。
本書はポスト・アポカリプス小説としての魅力をふんだんに備えた作品だが、とりわけ読者に驚きを与えるのは、「信仰」の在り方だろう。
信仰は心を慰める救いでもあるが、同時に諦めでもあるとリンネがキリに語るシーンは特に印象的だ。星空都市《リンネ》にも旧世界について研究する部門はあるが、信仰はない。
キリもまた信仰を持たない少年だが、彼の場合は過酷な環境ゆえに希望を持てなかったことに起因している。対して、星空都市《リンネ》にあるのは「死ぬまで諦めないことで希望を見出そうとする人間への信頼」なのだ。
この「信仰」の在り方は本書の骨子であり、一度滅びを迎えた世界の先で、それでも立ち上がり生きようとする人々の再生を柔らかに照らし出している。
そう、『星空都市リンネの旅路』は、終末後の世界で希望を描く物語なのだ。ふたりの旅の先に訪れる清新な結末は、痛みを乗り越えた優しさで満ちている。読了後に本を閉じたときに訪れる深い充足を、ぜひとも体感してほしい。
広がり続ける蒼月海里のポスト・アポカリプスの世界
蒼月海里のポスト・アポカリプス小説は、本書が三作目である。
本書を楽しんで読み終えた人には、男子高校生が終末後の異世界に転移する「要塞都市アルカのキセキ」シリーズ(角川文庫)、正反対の女子バディが龍の眠る鉱物を探す『終末惑星ふたり旅』(星海社 FICTIONS)の二作も併せておすすめしたい。
それというのも、この二作は本書と同じく「隕石がもたらした災害によって汚染された終末後の惑星」が舞台なのだ。著者自身によって同じ惑星が舞台だと明言されているこの二作には、本書に登場する鉱物《ミラビリサイト》も存在している。ということは……?
もちろん、本書を含めて単独で読んでもそれぞれの物語が持つ魅力が薄れることはない。だが、いずれかの作品を既読だと、いっそう深く蒼月海里のポスト・アポカリプスワールドを探索できるはずだ。
※1:https://realsound.jp/book/2025/05/post-2001859.html
※2:https://realsound.jp/book/2025/05/post-2021778.html