「幽落町おばけ駄菓子屋」蒼月海里、新作の舞台は文明崩壊後の世界ーー『星空都市リンネの旅路』が描く「神」と「信仰」
「幽落町おばけ駄菓子屋」シリーズをはじめ、数々の人気シリーズを刊行してきた作家・蒼月海里。怪談や幻想を中心とした幅広い作風と、人ならざるものや鉱物といった心くすぐるモチーフを深い愛情とともに織り込んだ物語で、読者の心を掴み続けている。
最近ではアプリゲームのメインシナリオに携わるほか、「文学フリマ」にも意欲的に参加。自らイラストも手がける同人誌「式守九十九の人間観察」シリーズのキャラクターが『異界探偵 班目ザムザの怪事件簿』(小学館文庫キャラブン!)として商業進出するなど、その活躍は多岐にわたる。
そんな蒼月海里が満を持して送り出す新作が、8月20日発売の『星空都市リンネの旅路』(MPエンタテイメント)だ。
「MPエンタテイメント」は、2025年5月に創刊したばかりの新しい文芸レーベル(※1)。今後の刊行予定に挙げられているのは、読書好きなら唸る作家ばかりだ。「作家が挑戦できるレーベルにしたい」という編集の野口俊樹氏の言葉通り(※2)、『星空都市リンネの旅路』は著者が改めて挑戦したいと思ったSF小説なのだそう。さらに、本書は文明社会が崩壊したその先の世界を描くポスト・アポカリプス――いわゆる「終末もの」だ。
緻密に構築された終末ものにして、魅力的なバディ小説
物語の舞台は、災害の訪れから人類の世代交代がなされた終末後の世界。巨大隕石が墜落し、隕石に含まれていた人体に有毒な鉱石が生んだ霧に覆われた惑星《エリュシオン》。わずかに生き残った人類は、汚染の少ない土地で小さな共同体を形成して命を繋いできた。
《エリュシオン》の低軌道上にある星空都市《リンネ》は、再び人類同士が繋がるべく現地調査を開始する。その背景には、都市を広げ続けるには限界に達しつつある《リンネ》から開拓した母星へ入植することで、持続可能な暮らしを実現したいという目的があった。
小型宇宙船で《エリュシオン》に降り立ったのは、ふたりの少年。星空都市と同じ名を持つ研究者・リンネと、唯一の母星からの移住者・キリは、さまざまな場所に降り立つ。行く先々で出会う人々と交流するうちに、ふたりは世界の成り立ちに関わる「神」の謎に近づいていく……。
本書の舞台である終末後の世界は緻密に設計されているが、読み味は実に軽やかだ。
物語を牽引するのは、魅力的なキャラクターと相場が決まっている。読者を終末後の世界に誘うのは、ふたりの少年たちだ。生まれながらの研究者であるリンネと、優れた戦闘能力で彼を守るキリ。このバディのいきいきとした掛け合いを楽しむうちに、気づけば読者は終末後の世界への興味をかき立てられているはずだ。
また、随所で効果的に働いているのが、蒼月海里が得意とする男性キャラクター描写の巧みさだ。
澄んだ瞳で明るい未来を語る星空都市育ちのリンネは、見た目は少年らしい姿だがどこか年齢らしからぬ視座の高さを持っている人物だ。対して、過酷な生い立ちゆえに戦う力を身につけざるを得なかった《エリュシオン》育ちのキリは、リンネに羨望にも似た気持ちを感じている。
互いに信頼を寄せ合いながらも揺れ動くふたりの関係性や、物語が進むにつれて明かされる出会いのエピソードは、読者がバディものに求める期待をずるいまでの心地よさで叶えてくれるのだからたまらない。