連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年6月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は六月刊の作品から。

千街晶之の一冊:三津田信三『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』(KADOKAWA)

 因習に呪縛された旧家を立て続けに襲う不可解な事件。作家探偵・刀城言耶シリーズの一冊と言われてもおかしくない、三津田信三ならではの設定だ。しかし、視点人物である大学生・瞳星愛のキャラのせいもあって、おどろおどろしい中にコミカルなテイストが交じるのが本書の特色で、刀城言耶と縁がある警部のツンデレぶりも楽しい。探偵役を務めるのは刀城の助手・天弓馬人だが、あの師にしてこの助手ありと言うべきか、「ひとり多重解決」を繰り返す迷走推理には目が廻りそうになる。事件の構図の反転をこれでもかと味わえる本格ミステリだ。

橋本輝幸の一冊:柴崎友香『帰れない探偵』(講談社)

 連作短編集。世界探偵委員会連盟に所属するフリーの探偵の「わたし」は事務所兼自宅を見失い、帰れなくなって各地を転々としている。ところで本書はこの問題を解決する物語ではない。主人公は依頼を淡々とこなすが、政府や大企業レベルの大きく不穏な動きにはかかわらない。そして読者も自分の知識や想像力を活かし、本書に数ある謎の一部を解釈することはできるがすべてを知ることはできない。個人の限界がたちはだかるのだ。孤独な探偵の国境を超えた冒険が、まさに現在らしく、この作者らしくもある不可解な世界観で展開される。

梅原いずみの一冊:上條一輝『ポルターガイストの囚人』(東京創元社)

 『深淵のテレパス』に続くシリーズ二作目の長編である。今回〈あしや超常現象調査〉の面々が遭遇するのは、古い一軒家で発生するポルターガイスト現象。まず、これが本当に怖い。特に転がるこけしと、ゆっくりこちらを向く鏡はトラウマものである。「超常現象は実在するけど、しょぼい」のスタンスを活かした調査過程と、先の読めない構成は前作よりさらに進化していて、かつ今作はそれを活かしたミステリ的趣向が素晴らしい。スケールの大きな終盤に展開する伏線回収の妙技に、度肝を抜かれた。カバーを外すとちょっとしたサプライズも。

若林踏の一冊:三津田信三『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』(KADOKAWA)

 ホラーとミステリ、双方の魅力『寿ぐ嫁首』三津田信三(KADOKAWA)を併せ持った力作が揃う六月の中で、その分野の大ベテランたる三津田信三が貫録を見せつけた。極度の怖がりゆえに何とかして怪異に合理的な決着をつけようとする、というユニークな探偵役・天弓馬人が登場する<怪民研>シリーズの二冊目で、その独特なスタンスから捻りだされる推理でしか到達できないような謎解き場面に誰もが唖然とするはずだ。核となるアイディアは某有名作品をより歪んだ形で発展させようと挑んだものだろう。某有名作品が何なのかは、本を読み終えた人とぜひ語り合いたい。

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