『ジークアクス』の成功が切り拓いた、『ガンダム』世界の新たな可能性 多元宇宙で広がった創作の余地

富野監督だからこそできた”改変”

 富野監督は『機動戦士Zガンダム』でも“バージョン違い”を作った。TVアニメを3部作として編集し直した『機動戦士Ζガンダム A New Translation』(2005-06年)で、ラストをTVアニメとは変えて、『Zガンダム』が『ガンダムZZ』へと続く道を断ち切った。ここでUCが変わってしまうと、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(88年)にも福井晴敏の小説を元にした『機動戦士ガンダムUC』(2010-2014年)にも話が続かなくなるが、これも生みの親による別バージョンの提示と受け入れた。

 富野監督だからできたことで、それ以外のクリエイターにとって改変は勇気がいることだだろう。そのせいか、スピンオフ的な「ガンダム」シリーズは、「正史」では描かれていない出来事なり登場していないキャラクターを出して、歴史の隙間を埋めるようなものが多くなった。ところが、『ジークアクス』は「正史」の周囲にUC世界を拡張しても構わないような雰囲気を作ってしまった。

 監督の鶴巻和哉や手伝った庵野秀明といったクリエイターたちなら、「正史」をリスペクトしつつ面白い別の世界を見せてくれるはずだという信頼感があったことは断っておく必要があるだろう。誰でも挑戦できるものではない。勝つ自信がある者だけが挑める領域なのかもしれない。

拡張しゆくガンダムの「正史」

 それでも、拡張された「正史」でも面白ければ受け入れる雰囲気が醸成されたことは、クリエイターにとって朗報だろう。太田垣康夫が2012年から連載している漫画『機動戦士ガンダム サンダーボルト』は、UCものではありながらシャアもアムロも登場しないなど、あまり細かい縛りは受けていない作品で、シリーズ累計550万部という人気作となっている。

 2015年から17年にかけ、各4話で2シーズンがアニメ化されて、中村悠一や木村良平ら人気声優が演じるキャラクターたちのドラマと、スリリングで激しいモビルスーツ戦の描写が話題になった。もっとも、その続きがアニメ化される気配がなく、ファンを残念がらせている。『ジークアクス』が拓いた“なんでもあり”の状況下で、アニメの企画が再始動してくれれば喜ぶファンも多そうだ。

 もちろん、ガチガチのUC準拠で紡がれる物語にも、依然として需要はある。富野がブライト・ノアの息子のハサウェイ・ノアを主人公に描いた小説を原作に、2021年に第1作が公開された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の続きが期待されていることが、その証明だ。一方で、2022年から23年にかけて話題をさらった『機動戦士ガンダム 水星の魔女』や、興行収入が50億円を突破するヒット作となった映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』(2024年)のように、UCから完全に離れた「ガンダム」にも需要は多い。

 次にくる「ガンダム」シリーズが何になるかは不明だが、『ジークアクス』の成功が新しい可能性を広げたことだけは確かだ。それこそ、現代のOLがUC世界のキシリア・ザビに転生しながら、自分の知っている歴史とどこか違うと感じ修正しようとする築地俊彦『機動戦士ガンダム 異世界宇宙世紀 二十四歳職業OL、転生先でキシリアやってます』(KADOKAWA)がアニメ化されても不思議はないかもしれない。

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