エンタメ社会学者・中山淳雄に聞く、キャラクター大国ニッポンの課題「翻訳する人材もまったく足りていません」
エンタメ社会学者の中山淳雄が新著『キャラクター大国ニッポン 世界を食らう日本IPの力』(中央公論新社)を上梓した。
コンテンツ市場が世界規模で拡大しているなか、漫画・アニメ・ゲームなどの分野で誕生した日本のキャラクターたちは、世界中にファンを作り、大きな経済圏を生み出している。そのなかで日本の財産としてのIP(知的財産)ビジネスに注目が集まっているのは周知の事実だろう。
本書では、「アンパンマン」「ガンダム」「ドラゴンボール」「ONE PIECE」「ポケモン」など、実際に成功を果たした25のキャラクターについて、その成り立ちと道のりを解説。クリエイティブの部分とコンテンツビジネスを成功に導くためのヒントを得られるハイブリッドな1冊となっている。
リアルサウンドブックでは、中山氏にインタビュー。『キャラクター大国ニッポン』を執筆した経緯や日本のIPビジネス、海外展開の課題などについて聞いた。
すべてのキャラクターは個人的な思いから生まれている
中山淳雄(以下、中山):クリエイティブな側面とIPビジネスの両方を網羅した本はあまりないかもしれないですね。バンダイナムコ、ブシロードなど会社員やっている当時はこういう本は書けなかったんです。いろいろな制作会社やコンテンツ企業との関りがあったし、バンナムにいるのにタカラトミーのことを書くわけにはいかないじゃないですか。2021年に独立してRe entertainment(エンターテイメントの再現性を追求し、経済圏を創造する企業)を立ち上げて、中立的な立場になったからこそ、全体を俯瞰した本が書けるようになったのかなと。
――各キャラクターの経済的な達成も、具体的な数字とともに説明されてて、かなり生々しいですよね。
中山:実際の数字は外からはわからないですからね。ただ、この本でまず伝えたかったのは“すべてのキャラクターは個人的な思いから生まれている”ということだったんです。たとえば「アンパンマン」の作者のやなせたかしさん。朝ドラ「あんぱん」で話題になっていますが、やなせさんは大正、昭和、平成の三つの時代を生き、戦争も高度成長期も日本人全体が味わってきた歴史の象徴的な部分をそのまま体験されているんです。父親を亡くし、太平洋戦争を経験し、腹が満たされない苦しさ、正義とは何かというくやしさ。すべてを失ってなお漫画家を志し、放送作家としても生き、晩年になってからアニメ化された後に「アンパンマン」がブームになった。「アンパンマン」には、やなせさんの人生とともにあの時代の日本人の悲喜こもごもがすべて表現されているように感じます。
――だからこそ、国民的な支持を得たのかもしれないですね。
中山:そうですね。「ゴジラ」「ウルトラマン」の円谷英二さん、マンガの神様・手塚治虫さんも同じ時代を生きていましたが、戦後から昭和40年代くらいまでは、日本人のメンタリティに「敗戦を乗り越えた」という気持ちが強かったと思うんです。昔ながらの日本文化に根差したものを避け、SFやロボットものが多かったのも自分たちと違う何かを描くしかなかった。ある意味、「日本」から逃げていたというか。
――確かにそうですね。戦後しばらくは、日本的なものから逃げていたというのも興味深い指摘です。
中山:時代による変化がありますからね。「ゴジラ」や「ウルトラマン」は外から来た脅威もしくは救世主で、自信を失ってきた日本人を助けてくれる大いなる存在だった。1964年の東京オリンピックをきっかけに少しずつ自信を取り戻し、仮面ライダーや戦隊モノなど、生身の人間に近いヒーローが登場するわけです。80年代になるとまた様相が変わってきて、「ドラゴンボール」あたりからは好景気がそのまま出ていると言いますか。とても明るいテイストで、戦争の傷を背負わず、純粋に戦いを楽しむキャラクターが人気を得るようになった。そうやって振り返るとその作家さんがどの時代に生まれたか、どんな業を背負っているかが作品に反映されていることがわかると思います。
――当然、受け取り側の価値観も変わるので、「ウケる」作品も変化してきますよね。
中山:やはり若い世代の人たちが新しい作品を受け入れるんだと思います。論旨からは少し離れますが、私は大学時代、ナチス・ドイツの研究をしていたんです。ドイツ国民がナチスを絶対悪と見なし、「絶対にやってはいけないことだった」と認識したのは、じつは戦後生まれの世代からなんです。
――その前の世代は、ナチス・ドイツを否定することが自己否定につながっていた?
中山:若い世代のほうがフラットな評価をしやすいんだと思います。似たようなことは、中国や韓国のエンタメに対しても起きているのではないでしょうか。私は以前ゲーム開発に関わっていたのですが、当時は中国のゲームに対してネガティブな印象もありました。その後「原神」「荒野行動」などが出てきて、私の子供たちもめちゃくちゃ楽しんでいるんです。彼らはどこの国で作られたゲームなのかは気にしておらず、純粋にコンテンツの内容で評価しているんだと思います。
――おそらく世界的な変化ですよね、それは。
中山:そうですね。平成日本家族の象徴である「クレヨンしんちゃん」がスペインで人気があるのは、ちょっと不思議ですが(笑)。