「女性は女性というだけで困難を抱えている状況がある」 丸山正樹『夫よ、死んでくれないか』インタビュー

幸せなばかりではない結婚をどのようにとらえていくべきなのか

――結婚前は、新鮮で魅力的だったはずの価値観の違いが、どんどん煩わしいものに変わっていく過程も、リアルだなと思いました。

丸山:世の中にはそういう夫婦がごまんといて、結婚というのは手放しで素晴らしいとあがめられるものではないと多くの人がわかっているはず。それなのに、結婚すると聞けば、何もかも忘れたような顔をして「おめでとう」と祝福し、この世の春がきたという雰囲気をつくる。それが、私にはずっと、よくわからなくて。二人でいるからこその孤独や苦しみがあるということを、事前に教えてくれてもいいはずなのに、と。まあ、そんなつらい現実ばかり聞かされたら、結婚する人が少なくなって、少子化に歯止めがかからなくなるからなのかな、とは思うのですが……。

――実際、SNSなどでつらい例を見聞きしすぎて、結婚願望が薄まっている人が増えている、という話は聞いたことがありますね。

丸山:そういう極端な話ではなくて、本当に殺してやりたいほど憎み合う前にどうすればいいのか、100%幸せなばかりではない結婚をどのようにとらえていくべきなのか、ということをエンターテインメントとして深掘りしていきたいと思っていたのですが、なかなか難しかったですね。麻矢の夫が失踪したり、その裏に潜んでいる浮気相手がだれかわからなかったり、事件性があるのかないのか、ミステリー的な手法を使ってスピード感のあるおもしろさを提供しながら、ふと自分に照らし合わせてなにかを感じ取る。そんな物語になればいいなと思いながら、書いていました。

――それが、よかったと思います。光博が失踪したことによって、麻矢は自分自身の夫に対するふるまいを顧みる。ただ相手を責めるだけでなく、自分はどうすればよかったのだろうかと向き合う姿に、揺さぶられるものもありました。

丸山:読む人によってはやっぱり、麻矢がないものねだりをしている嫌な女だと受け取られてしまう危険性はあるだろうと思いました。もちろん彼女にも勝手なところはあるし、夫との関係が破綻したことに、罪がないとは言い切れない。でもやっぱり、子どもをもつということは、どうしたって女性にとってキャリアを一時的に中断せざるを得ない大ごと。友人の友里香だってモラハラがいやなら離婚すればいいと言う人はいるかもしれないけど、子どもを産んで仕事を続けていくには夫との協働が不可欠なわけで、専業主婦にならざるを得なかったという状況は、今の若い人たちにだってあるでしょう。私の友人にも「仕事をやめてずいぶん経つから、離婚したところで生活していけるかどうかわからない」と悩んでいた人がいます。

――ドラマと違って、小説では璃子はすでに離婚していますが、そのために経済力を得なければならなかった過程も、ちゃんと描かれていたのがよかったです。

丸山:言いたいことはちゃんと言って話し合うのは確かに大事、だけれども、全員がそれをしてくれるとは限らないということも、忘れちゃいけないなと思います。実際、取材したある女性の夫は、暴言や暴力に訴えてくることはないんだけれど、機嫌がわるいとすぐ負のオーラをかもしだして、疲れたと言うだけになるか、黙り込んでしまう。そんな夫と、同じ空間にいるだけでいたたまれないし、自分もそのオーラに飲み込まれてネガティブになってしまうから、一緒に暮らしたくないんだと言っていました。

――光博が、そのタイプでしたね。

丸山:参考にさせていただきました。男女で区別するのはナンセンスなのはわかっているんですけれど、どうしても男のほうが、家に帰るとリラックスして、あるがままの自分でいてもいいんだ、と思うタイプが多いような気がするんですよね。夫婦なんだから、仕事で疲れているんだから、家では一切、気を遣いたくないし、面倒なこともしたくない。それが心を許しているということなんだと、悪気なくやってしまうことのおそろしさは、取材中、何度か感じる機会がありました。

――そのかわり女性が気を遣って、リラックスできずにやらなきゃいけないことをやる羽目になる、という話は確かによく聞きますね。

丸山:よくも悪くも、単純なんですよね。結婚して、一緒に暮らしていれば、状況に応じて相手との関係も変わっていくのに、いつまでたってもアップデートされない。男同士のつきあいも、いつまでも学生時代の連れみたいな感覚が抜けなくて、ばかみたいな時間を共有した思い出だけでずーっと楽しく過ごしていられるんですよ。

――昔から、すごく不思議だったのですが、一部の男性って、集まると「昔こういうことがあったよなあ」という話を延々と繰り返していませんか。「またその話してる!」と私も思い出の詳細を覚えてしまったことが何度もあるんですけど……(笑)。

丸山:ずっと同じ話をしていますよね(笑)。むしろ、いつまでも同じ話題でもりあがれるということで、つながっているという。私も年に一回、大学時代の同級生との集まりがあるのですが、最後は決まってカラオケ。「お前はこの歌だよな!」と当時の十八番を勝手に入れて、お決まりの流れをつくって盛り上がって解散するのが楽しい。でも女性同士の関係というのは、そうはいかないのだろうなと思いながら、本作は書いていました。

――女性はわりと「今」を共有しあう傾向にありますよね。だから、夫の愚痴を言いあって、発散する場が大事にもなる。一方で、いつまでも「同じ」ではいられない友達のことを、羨んだり比較して落ち込んだりしてしまう、三人のちょっとしたズレみたいなものも、本作には丁寧に描かれていました。

丸山:ありがとうございます。結婚しているかしていないか、子どもがいるかいないか、そして経済力があるかないか。いろんな状況の違いで「あの人にはけっきょく自分の気持ちはわからない」と落ち込むこともあるでしょうけど、でも、その違いが必ずしも関係の断絶につながるわけではないということも、書きたかったことの一つですね。物語のなかで、三人の友情はさまざまに揺れますけれど、過去のある経験によって結びついたから、ではなくて、今なお更新され続ける友情があり、三人一緒にいるからこそ乗り越えられるものがあるという、男性同士の友情を描くのとはちがう読後感を表現したかった。

――それもまた、リアルな女性の姿だなと思いました。おしゃべりしているうちに、夫への憎しみがエスカレートしてしまって、とりかえしがつかなくなる感じは、ドキリとする人もいると思います(笑)。

丸山:夫に「死んでくれないか」と思うのも、その一つですよね(笑)。ただ、彼女たちは心底夫に「死ね」と思っているわけではないし「殺してやりたい」と常々、願望を秘めているわけでもない。ただ、どこにも発散されることのない苦しみや葛藤が、「ある日突然、いなくなってくれたらいいのに」という愚痴に変わっているだけ。だから個人的には、タイトルが過激だとも思っていなくて、わりとライトで丁寧な表現のつもりでいたのですが、ドラマ化発表のときにあまりにSNSが紛糾したので、驚きましたね。

――でも今、そのことに言及する人をほとんど見ない、ということは、丸山さんの原作を下敷きにしたドラマが、その願望に至る経緯を丁寧に描いているということですし、この小説を読んで救われる人も少なくないと思います。

丸山:当事者でない私がどこまで書いていいのか、ということは、本作に限らずいつも悩むことではあるんですけれど、自分の知らないところに問題を抱えている人たちがたくさんいて、その人たちの努力ではどうにもならない苦しみにスポットライトをあてる。その視点をもって小説を書いていきたい、と改めて思いました。できることなら本作は、妻に「死んでくれないか」と思われている男性たちにも読んでいただいて、これまで考えもしなかったことに目を向けるきっかけになってもらえたら嬉しいです。

■書誌情報
『夫よ、死んでくれないか』
著者:丸山正樹
価格:770円
発売日:2025年3月12日
出版社:双葉社

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