漫画誌「ハルタ」の“帯裏”で連載スタートの異色作 本好きの心をやけにくすぐる『図書室のキハラさん』
※以下、『図書室のキハラさん』の内容に触れています。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)
不思議な空間に閉じ込められたキハラさんがとった行動とは?
キハラさんは毎日、一見やる気のなさそうな(でも、優しい)上司の図書課長と働いているのだが(のちに「ナカバヤシ君」という巨漢の新人も加わる)、時々、図書室の中で思いもよらぬ怪異に遭遇してしまう(自分を蝶だと思い込んで飛び回る本のページを捕獲しなくてはならなくなったり、「大きな目玉の得体の知れない生き物」を追い回したり、どこまでも降りて行く荷物運搬用のエレベーターに乗り込んでしまったり――)。
その都度、彼女は大変な目に遭うのだが、かといって図書室の仕事を辞めようとはしない。なぜならキハラさんは、毎日厖大な本に埋もれて仕事をしていながら、休日には古書市に出かけ、旅先でも古書店を訪れ、また、秘かに詩の雑誌への投稿を楽しんでいるような、生粋のビブリオフィリアだからだ。
とりわけ注目すべきは、彼女が四方を書架で囲まれた狭い空間に閉じ込められてしまう、第三十九回と第四十回のエピソードだろうか。
助けを呼んでも誰も来ない。四方の書架もびくともしない。「そこはまるで、世界から切り離されたかのような静寂に包まれ、時は虚しく過ぎてゆきます」(本文より)。
「は~……」と深いため息をついたキハラさんは、退屈のあまり、「本が! 活字が読みたいっ!」と叫ぶのだが(もはや怪異に慣れすぎて、恐怖を感じていないのも面白い)、周囲の書架に収められているのは、なぜか彼女の関心のない「寄生虫学」の本ばかり。
その結果、彼女が何をしたかというと……そうした状況下で活字中毒者がとるべき唯一の行動――たとえ興味のない書物であっても、ひたすら「読む」ことに徹するというものであった(最終的に彼女がいかにして元の世界に戻れたかについては、同作を読んで確認されたい)。
なお、『図書室のキハラさん』の単行本には、作者(丸山薫)が個人誌として発表した、「キハラさんの一週間」と「キハラさんの夏休み」の2篇も収録されている。こちらも本好きの心をやけにくすぐる、不思議で可愛い絵物語に仕上がっている。
[参考]
山口昌男『本の神話学』(岩波現代文庫)※「ワールブルク文庫」のくだりを参照。