思春期の少女の複雑な心理を描く小説家・木爾チレン 初期作品集『夏の匂いがする』の名付けられない感情
「溶けたらしぼんだ」は、2009年に第9回女による女のためのR-18文学賞の優秀賞を受賞した作者のデビュー作。芸術大学で油絵を専攻する栞は、アイスクリームショップで働く友人のゆりと三年前から一緒に暮らしている。男嫌いで男性経験のない栞と、いろいろな人と寝ているゆりは、夜になると一緒にアイスクリームを食べ、生理前で眠れない夜は共にアダルトビデオを観るのだった。
作中には並外れた絵を描く青年・木山透と栞の性描写も登場するが、改稿によって過剰な表現は削られ、今の時代と読者に向けたアップデートがなされている。生理で子宮から血を流す女性の身体性や、女性の性欲も真正面から描かれており、よい意味での生々しさが本作の何よりの魅力だ。「このままずっと、私たち二人だけの美しい世界が続けばいいと思っていた」というフレーズを筆頭に、ゆりとの関係を描写する印象的な言葉の数々にもぜひ注目してほしい。
表題作の「夏の匂いがする」は「溶けたらしぼんだ」と対になる作品で、ゆり目線で栞との関係や過去の苦い恋を描く。17歳と18歳、たった1歳の差がもたらす少女の世界の違いや、大人になってしまった喪失感が繊細なタッチで綴られる。“夏と少女”という儚く魅惑的なイメージを立ち上げてきた作品集のラストを飾るにふさわしい、美しくも切ない短編だ。
各話の巻末には作者のコメントが掲載され、作品に込めた思いや執筆当時の小話などをあわせて読むのも楽しい。長編小説から木爾チレンの世界にふれた読者が次に手にとるべき一冊として、そして「少女」という存在を愛するすべての人に向けられた物語として、本書は得難い魅力を放っている。