連載:千街晶之のミステリ新旧対比書評 第4回 島田荘司『斜め屋敷の犯罪』×知念実希人『硝子の塔の殺人』
■メタ・ミステリの到達点
舞台は、長野県の山腹に建つ「硝子館」。遺伝子治療に関する発明で莫大な富を築いた神津島太郎が住むこの館は、ガラスで覆われた巨大な円錐形の建物だ。ミステリマニアの神津島はこの館に、自称名探偵、刑事、ミステリ作家、ミステリ雑誌の編集長、霊能者などを招待する。
主人公の一条遊馬は、神津島太郎の主治医である。彼はある理由から、神津島を殺害して病死に見せかけようとする。つまり、犯人視点の倒叙ミステリとしてスタートするのだが、やがて遊馬が与り知らない殺人事件が続発する。それらの事件まで自分の犯行だとされてはたまらない……。遊馬は自身の犯行を伏せたまま、新たな事件の犯人を知ろうと、自称名探偵・碧月夜のワトソン役に名乗りを上げる。
神津島は稀代のミステリマニアであり、金に飽かせてミステリ関連の膨大なコレクションを所蔵している。そんな彼に相応しく、「硝子館」の構造も外観も風変わりだ。いかに風変わりかは、巻頭に掲げられた館の立体図と断面図を見れば一目瞭然だろう。
島田荘司が『斜め屋敷の犯罪』を発表した1980年代前半は、風変わりな館を舞台とし、しかもそれがトリックと密接に関わった作品は必ずしも多くはなかった。しかし、2020年代ともなれば、そのような作例は枚挙に遑がない。館が回転するくらいではマニアはもう驚かない。
作中で綾辻行人の「館シリーズ」をはじめ、多くの館ミステリが言及される『硝子の塔の殺人』も、館の図面を見た段階で、『斜め屋敷の犯罪』顔負けの大トリックが出てくるのではないかと予想できる。しかし、いざトリックが説明されてみると、どこかしっくりしない印象を覚えた読者が多いのではないか。だがそれは、作者の設計ミスではない。そこに読者が覚えた違和感こそが、作品全体に仕掛けられた真の壮大な狙いを浮かび上がらせるのだから。本格ミステリを読みすぎたマニアに向けて書かれたメタ・ミステリの到達点、それが『硝子の塔の殺人』なのである。
『探偵〈スルース〉』から『斜め屋敷の犯罪』へ、そして『硝子の塔の殺人』へ……と影響関係のラインを引いてみたけれども、『探偵〈スルース〉』から別の方向へとラインを引いてみることも可能である。それについては次回を乞ご期待。