書店員が選ぶ絵本新人賞『ライオンのくにのネズミ』さかとくみ雪インタビュー「文化が違うと、お互いの普通は全然違います」
文化が違うと、お互いの普通は全然違います
ーー他に絵本のストーリーに反映されている経験はありますか。
さかとく:語学学校で体験したことなんですが、20代の女性のクラスメートが「自転車に乗ったことがない」と言うんですね。そういう人もいるんだと思って。その頃、街中に自転車の講習会のポスターが貼ってあって、ヒジャブを被った女性が自転車に乗る写真が載っていました。イスラム圏から来た女性は、自転車に乗る習慣がないんだと気がついたんです。それが印象に残っていて、エピソードとして取り入れました。ドイツでは自分の知らなかったことに気づくことが本当に多いですね。お互いの「普通」が違うことを感じます。
ーー絵本の中では、ネズミくんは最初なかなか異文化に馴染めません。それが正面から相手に向き合うようになると、少しずつ変化していきますね。
さかとく:私は本当にドイツ語力がゼロの状態でドイツに行きました。語学学校は全部ドイツ語なので、ついていけるわけがないと思っていたんです。でも、授業では意外とわかるんですよ。先生たちの技術もすごいんでしょうけど。相手のことを理解しようと、お互いが努力すればわかることもあるのかなと。「相手が言っているのはどういうことかな」と思いを巡らせてみる。コミュニケーションは言葉だけじゃないので、実際に対面していると相手の気持ちが意外とわかるんです。そういう経験をベースに描きました。
ーー異文化を理解する上では、何が大切だと思いますか。
さかとく:「普通」の範囲をすごく広く取ったらいいんじゃないかなと思います。日本ではちょっと画一的な感じがあって「こうするのが普通だよね」「空気を読まないといけない」という考えがあると思います。でも文化が違うと、お互いの普通は全然違いますよね。先ほどお伝えしたように「自転車には乗らないのが普通」という国や地域、グループもあるんだなと考えるようにしています。
ーー絵本制作の上で心がけたことはありますか。
さかとく:絵本の公募では、長さが15見開きに設定されていることが多いので、入れられることが限られてくるんですね。なので、メインの文字と絵の他に、伏線を絵の細部にあちこち入れていくようにしています。
ーーネズミくんが学校が嫌になる時に、リスの女の子が遠くから気にして眺めていました。後で仲良くなる伏線になっていますね。
さかとく:そうですね。他にも、最初のほうでネズミくんがサッカーグッズを持っていて、ライオンくんにじろじろ見られて、怖くなってしまいます。でも実はライオンくんはサッカーが好きなだけだった、という伏線もあります。
ーーそして最後のページはとても意外性があって、ハッとさせられる終わり方でした。
さかとく:絵本でしかできないことをやりたかったんです。絵だけで表現したり、文字と絵を分離させてみたりするチャレンジをするようにしています。児童文学の挿絵だったら、主人公の行動などを書いてある通りに絵にします。でも、絵本では、文字に書いてないことを絵にすることができる。例えば、気持ちを視覚化するようなことですね。ネズミくんの両親がライオン語を熱心に勉強している場面では、二人の姿がライオンになってしまったように描きました。これは現実ではないんですが、ネズミくんの不安な気持ちを絵で表現しているんです。
ーー今後どのような作品を描いていきたいですか。
さかとく:これまで娘の成長に合わせて描いてきたところもあって。最近の心配事はネットをどう使わせるか、携帯をいつ与えるかということなんです。使っているうちに何かやらかしてしまうんじゃないかと心配で。私自身、プログラマーをやっていた経験もあるので、インターネットリテラシーをテーマに作品を作れないかとずっと考えています。そこではまた新しいトリックを取り入れてみたいですね。
■書誌情報
『ライオンのくにのネズミ』
著者:さかとくみ雪
価格:1650円
発売日:11月7日
出版社:中央公論新社