桂正和「人間のかわいさを超える絵を」 『ウイングマン』『電影少女』から『I"s』まで、読者を魅了する作画への思いを聞く

永久に終わらない葦月伊織の描き直し

――制服と言えば、やはり『I"s』ですね。ヒロインの葦月伊織が着る、湾田高校の斬新なセーラー服は傑作だと思います。

桂:制服は『ウイングマン』、『電影少女』、『D・N・A2』と試行錯誤を重ね、これはうまくできたと感じたのが『I"s』ですね。僕の考える、変わったデザインの制服としての完成形だと思っています。

――あのセーラー服は連載を始める前などに、どれだけアイディアを練ったのですか。

桂:制服のデザインは、クロッキー帳にラフを描いては消しを繰り返して、なんとなくこの方向性でいこうかなと考えて原稿に入り、さらに少しずつ変えていったのかな。だから、実質的にぶっつけ本番ですね。あのデザインは原稿をしながらできたんです。

――ぶっつけ本番なんですか! 伊織がセーラー服を脱ぐシーンがありますが、ファスナーやスナップの表現が非常にリアルです。構造まで緻密に作り込んでデザインしたと思っていたのですが。

桂:それは、僕はファッションに興味があるから、服の構造が何となくわかるんです。頭の中で考えたもので、そこまで具体的なスケッチはしていません。

――いくつもラフを描いて生まれたと思っていました。

桂:ラフを描くのも楽しみの一つだと思っている作家さんもいると思いますが、僕は面倒だっただけなので。ただ、『TIGER & BUNNY』では何個もデザイン案を出しましたけれどね。自分の漫画ではなく、他の企画にデザイナーとして参加した時はそういうスタイルをとります。自分のスタンスとしては、服は着られなきゃダメだと思いながらデザインしています。

――だからコスプレイヤーにも人気があるんでしょうか。

桂:いや、そんなことないでしょ! コスプレイヤーさんは、これはどうやって着るんだという服もコスプレしているので、あんまり関係ないと思いますよ(笑)。

――1巻の伊織の表紙を何度も描き直していることも、ファンの間では伝説になっています。

桂:重版がかかるたびに描き直しているので、実は十数回直しています。カバーを直してもいいですかと言ったら、編集部に「いいよ」と言われたので、何のインフォメーションをするわけでもなくこっそりと変えました。マニアの人は後から、あれ、違うぞと気づいたみたいですが、全種類持っている人なんていないんじゃないかな。僕も持っていないし(笑)。

――凄まじいですね。どうして、そんなに描き直したのですか。

桂:単純に気に入らないんですよね。だから、永久に終わらない。もう重版されていないので変えていないけれど(笑)。

『I”s』の1巻の表紙は何度も描き直されている。これは初版の表紙。

スクリーントーンの超絶技巧の秘密

――桂先生はカラー原稿の美しさが注目されますが、モノクロ原稿も緻密なスクリーントーンの手仕事が芸術的だと思います。桂先生の仕事場ではトーンのドットを1粒ずつ削るという指定があると聞きました。本当なのですか。

桂:僕にはそういうトーンワークのノウハウはないんです。そういうふうにやっていたアシスタントがいたんですよ。上手いアシスタントが入ると、その彼がやったところだけが上手くなっちゃうんですよ。それで一度発表してしまうと、グレードを下げられなくなる。作家としては読者のために作品のクオリティを保ちたいと考えていました。

――今ではいわゆる“プロアシ”みたいな人がいますが、当時の少年漫画の現場で、そこまで緻密なトーンワークができる人はいたんですか。

桂:いましたよ。僕の漫画の背景が凄いと言われるのは、アシスタントのおかげです。繰り返すけれど、話が進むにつれて背景の密度が上がるのは、上手いアシスタントが入ったからです。『電影少女』を見てもらえるとわかるけれど、1巻を見ると案外画面が白いでしょう? 途中で上手いアシスタントが入ったときから、とたんに高いグレードになるんですよ。

40年続いたのは“鈍感力”のおかげ

――「ジャンプ」の歴史を見ると、いわゆる短期連載を挟みつつも、1980年代から2000年代まで描き続けた漫画家は非常に少ないと思います。激しい競争の中で、どうしてここまで描き続けることができたのでしょうか。

桂:鈍感力だと思います。あんまり細かいことを気にしない。絵に関しては気にするんだけれど、連載が10週で終わったよとか、そういうことは気にしないんです。やっぱりだめかぁ~と一瞬思わないことはないけれど、そんなに引きずらない。なんとなくで、やってきました。

――桂先生はXで頻繁に情報発信するので、今後の活動についても楽しみで仕方ありません。これからやってみたいことなどがあれば教えてください。

桂:特にないですよ。強いて言うなら、儲かることをしたい(笑)。

―――ははは(笑)。

桂:あと、楽しいことがしたいです。苦労はしたくないな。野望は、やっぱりいろんな漫画を描いてみたいと言うのがあります。体力や状況が追い付かないので思うようにできませんが、ヒーローものを描きたいし、恋愛ものも描きたい。漫画に対する気持ちは今も変わらないですね。

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